RIEB Discussion Paper Series No.2021-J02

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タイトル

感染症の社会経済史的考察―労働市場への影響を念頭に―

要旨

 本稿では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大を踏まえ、過去の大規模な感染症流行が社会や経済に与えた影響、とりわけ労働市場への影響について、既存研究から得られた知見を紹介するとともに、現代への含意を探る 。本稿の内容をあらかじめ要約すると、以下のとおりである。 前近代においては、死亡率が流行地域の人口の数十%にも達する感染病の大流行がみられ、労働供給の大幅な減少につながったが、近代においては公衆衛生の普及と医学の発達による予防法と治療法の発達から死亡率は劇的に低下し、労働供給への影響も小さくなった。その際、企業活動など市場での取引を通じた感染症の死亡率低下効果はそれほど大きくはなく、死亡率を低下させるためには政府や非市場組織の関与が重要な役割を果たしてきた。 過去の感染症流行が社会や経済に与えた影響は一様ではなく、社会のあり方によって異なっていた。14世紀のペスト大流行(いわゆる「黒死病」)の際には労働人口の減少により非熟練労働の実質賃金が上昇したが、他の感染症流行時には必ずしも実質賃金の上昇は観測されなかった。また、感染症の流行が資産や所得の分配面に与えた効果も区々であり、流行後に格差縮小が観測された事例もあったが、明確な影響が観測されなかった事例も多かった。結果的に資産や所得の格差縮小が観測された場合でも、その原因は、下部階層の資産や所得の相対的上昇による場合もあれば、下部階層の死亡率が相対的に高かったために当該層に属する人口が相対的に減少したことによる場合もあった。 歴史的にみると、感染症の流行拡大が労働市場をはじめとする社会や経済に与える影響は、感染症そのものの特性だけでなく、制度や慣習といった社会のあり方、人口集積、政府の政策や個人、企業などの対応といった人間の営み(human agency)に依存する面が大きかった。

連絡先

早稲田大学政治経済学術院
神戸大学経済経営研究所 リサーチフェロー
鎮目 雅人
E-mail: masato.shizume@waseda.jp
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