所長からのご挨拶

神戸大学経済経営研究所長 北野重人

 神戸大学は、1902年に神戸高等商業学校として創立され、昨年120周年を迎えました。経済経営研究所は、その17年後の1919年に設立された商業研究所を起源とし、2019年に100周年を迎えました。前身である商業研究所は、兼松商店の創業者兼松房治郎氏の七回忌を記念して兼松翁記念会と兼松商店からの寄附によって設立されました。当時熱を帯びていた神戸高商の大学昇格運動を後押しする期待を背負って、全校的な祝福の中で産声を上げたそうです。現在も学内唯一の附置研究所であり、学内では略して「研究所」と呼ばれることもあります。

 経済・経営に関する国立附置研究所は、全国に幾つあるかご存知でしょうか。東京大学社会科学研究所、一橋大学経済研究所、京都大学経済研究所、大阪大学社会経済研究所、そして神戸大学経済経営研究所の5つです。この内、当研究所が実は最も長い歴史を有しており、また経済学と経営学の両分野を掲げるという点では唯一の研究所です。その長い伝統の中で、トップクラスの研究レベルを維持し、多くの優れた研究実績を残してきました。小規模な部局ながら、RePEcという経済学分野の国際ランキング指標によりますと、日本国内で4位(2023年1月時点)に位置しており、旧帝大の経済系学部や他の経済系研究所に伍する先端的な研究活動を行っていることが分かって頂けるかと思います。

 神戸大学は、経済学部、経営学部に加え、当研究所もあり、この分野では非常に恵まれた大学であることが、研究者コミュニティの間でもよく知られています。また部局間の関係がとても緊密で協力的であることも、神戸大学の特徴です。例えば、六甲台には「神戸大学金融研究会」という伝統ある研究会があるのですが、この研究会の代表は、経済学部、経営学部、そして当研究所の3部局の先生方が代々歴任されてきました。神戸大学金融研究会は、1963年から現在まで続いておりますが、代表を務められた先生方を振り返りますと、研究所の藤田正寛先生が代表をされた後、楽天の三木谷氏のお父様である、経済学部の三木谷良一先生が代表をされていました。その後、研究所の石垣健一先生、経済学部の藤田誠一先生、(当時)研究所の宮尾龍蔵先生、経済学部の地主敏樹先生、経営学部の藤原賢哉先生、そして研究所の家森信善先生が歴任されております。このように振り返ってみますと、経済学部、経営学部、そして当研究所の大先輩の先生方がこの研究会の代表をされており、3部局の先生方が協力されて伝統ある研究会を運営されてきたことがよく分かります。このように六甲台部局全体で連携し、高い研究活動を維持していることは神戸大学の大きな魅力と言えるでしょう。

 当研究所は、このように六甲台の他部局と連携しながら、経済学と経営学の分野で高いレベルの研究活動を行っていることが特徴ですが、近年は、時代の要請にあわせて研究領域を拡大し、異分野共創型の研究も進めています。2017年に所内のセンターとして発足した計算社会科学研究センターは、現在は全学の基幹研究推進組織となり研究所から独立するに至りました。計算社会科学とは、近年急速に発展しているビッグデータや計算技術に基づいて社会経済現象を分析する新しい研究領域であり、社会科学、データサイエンス、計算科学の3領域が重なった部分を核とする複合領域を意味します。当センター長の上東貴志教授が編集委員長を務める査読付き国際学術雑誌 “Journal of Computational Social Science (JCSS)” は、計算社会科学に特化した世界初の査読付き学術雑誌として2018年にSpringer社から創刊され、世界中から多数の論文が投稿されており、当センターは、この新しい分野での国際研究拠点となりつつあります。

 また、文献・資料・データを収集・整備し、分析研究を行うとともに、公開利用に供することも、当研究所の重要な役割です。当研究所は、「廣岡家文書」の寄贈(一部寄託)を受け、現在電子化し公開の準備を進めています。「廣岡家文書」は、江戸時代から昭和期を代表する豪商・廣岡家に伝わった史料群です。精米業からスタートした廣岡家は、金融業にビジネスを展開し18世紀には三井・住友・鴻池らと並ぶ豪商となり栄え、明治以後は、加島銀行、大同生命を創業し、日本の金融市場をリードしました。このような廣岡家に残る史料は、金融史の研究上、貴重なものと言えます。分析成果の一部は、高槻泰郎准教授による『豪商の金融史』(慶應義塾大学出版会2022年)として公刊され、新聞等の書評で高い評価を得ています。こうした貴重な資料の整備・公開は、今後さらに日本の経済史・経営史の研究に大きく貢献するものと期待されます。

 経済経営研究所は、このように先端研究の推進、異分野共創研究の展開、歴史的な資料の整備といった、これまでの研究所の強みを伸ばし、「学理と実際の調和」を理念とする神戸大学らしい研究の拠点として発展できるようにさらに努めて参ります。

2023年(令和5年)4月1日
神戸大学経済経営研究所長 北野 重人

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