タイトル

新構造主義とは何か

要旨

ラテンアメリカ諸国は過去30年以上にわたり新自由主義改革を実行し,近年は資源ブームの恩恵が低所得層にも分配されるような政策を実施して中間所得層の育成に努めてきたにもかかわらず,対外経済環境が悪化すると簡単に政治経済の停滞状態が起きてしまう状況にあり経済成長の持続可能性が確立されていない.このような状況を踏まえると,ラテンアメリカ諸国が「中所得の罠」を抜け出すために有益な経済政策を論じるためには,構造変化を阻む要因を一層詳しく検討し,国あるいは地域により固有の条件を詳細に分析し,政策をカスタマイズする方法を見つける必要がある.このような問題意識のもと,本稿は,国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)で発展した構造主義を発展継承し現在も発展途上にある新構造主義を再評価しその議論の到達点がどこにあるかを議論する.
 構造主義と異なる新構造主義の特徴は以下に要約される.第一に,構造主義では周辺性を一次産品輸出への特化としたが,新構造主義ではそれに加え,技術進歩に基づく競争力の欠如とGVC・RVC(グローバル・リージョナルバリューチェーン)への参加とその中でのアップグレーディングが阻害されていることとし,特に技術的進歩が阻害されている状況を本質的な問題であるとした.これによって工業化のための保護主義への根拠がなくなり国際参入自体は積極的に肯定し,それがどのような競争力に基づいているかを問題にする方向へ転換した.第二に,構造主義では周辺性と格差はそれぞれ別々の要因で外生的に生じるとし,主要な政策的処方箋であった輸入代替工業化やその促進のための域内共同市場の形成を周辺性の克服のためのものとした.それに対して,新構造主義では格差と周辺性の克服は相互補強的な関係にあるとし,人的資本やインフラ投資,官民協力を通した生産性の向上や,域内貿易や中小企業のGVC・RVCへの参入の促進は,生産構造の変革を通した周辺性・格差双方の克服に有効であるとした.第三に,構造主義では域内共同市場の形成により,特定の生産拠点に工業製品の生産を集中させ規模の経済を働かせることで生産性を向上させるとしたが,域内共同市場から生じる利益の分配の公平性の問題を解決することができなかった.それに対して,新構造主義では,主要な地域経済統合の役割をGVC・RVCへの参加としたため,各国の比較優位に従ってタスクを分散させることが可能であり,生産拠点の配分をめぐる対立の問題を回避可能にする処方箋を提示した.
 以上より地域経済統合政策や産業政策に限れば,構造主義と比較して新構造主義の立場は主流派経済学により近いものになったことを明らかにした.最後に,新構造主義をさらに発展させるために,本稿は前述の周辺性と格差の克服の相互補強性に関する実証研究が必要であると考える.加えて,人的資本や投資水準の低さ自体が外生変数ではなく,実はグローバル経済への統合のもとでラテンアメリカ諸国に生じている生産構造が要因である可能性があり,この生産構造との間に生じている可能性のある内生的悪循環も構造問題となっていると考えられ,このことに対しても,本稿は一層の注意と実証研究の必要性を指摘する.

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