南米で高まる資源ナショナリズム
神戸大学理事・副学長 西島章次
ラテンアメリカでは、原油高を背景に資源ナショナリズムが強まっている。ベネズエラでは既に昨年から石油の国家管理が強化されてきたが、ボリビアでも今年5月1日に天然ガスの国有化が宣言された。
こうした資源ナショナリズムの高まりに対し、ラテンアメリカに進出しているエネルギー企業は反発と危機感を強めているが、来る6月4日に予定されているペルーの大統領選挙(決選投票)では天然資源の国有化を主張するウマラ候補が有力視されており、資源ナショナリズムは左傾化とともにラテンアメリカの今後の趨勢となる可能性が高い。
強まるベネズエラの影響力
ベネズエラは2005年4月、原油生産の操業サービス契約を結んでいる外資系企業に対し、所得税の引き上げと、ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)が60%以上の株式を保有する合弁会社に6ヶ月以内に移行すべきことを一方的に通告。
昨年末までに16社が合弁方式で合意したが、難色を示していた仏トタル社とイタリア炭化水素公社(ENI)が操業する油田が本年4月にベネズエラ政府に接収され、国家管理下に置かれることになった。これで、全ての油田がPDVSAもしくはその合弁会社の管理下となり、2018年までに300億ドル以上の増収が見込まれるとされる。
ベネズエラは、こうした石油所得の増大を背景に、エネルギー外交を積極的に展開し、ラテンアメリカ諸国との連携を強めている。これまでキューバなど中米・カリブの近隣諸国に特恵的な石油の供与を行ってきたが、安価な石油供給という手段から連携は多様化している。
例えばブラジルに36隻(30億ドル)のタンカーを発注したことや、ブラジル石油公社(ペトロブラス)と共同出資でペルナンブコ州に石油精製設備を建設する計画などである。
また、ベネズエラはラテンアメリカで最大の天然ガスの埋蔵量を誇るが、ベネズエラ、ブラジル、アルゼンチンの3国は、8000kmに及ぶ南米大陸縦断天然ガスパイプライン建設計画に合意し、その詰めの段階にある。
こうしたベネズエラを中心とするエネルギーでの地域連携は、地域経済統合戦略と並び、反米を共通項とするラテンアメリカ域内での協調体制の重要な基軸となりつつある。2005年12月にはメルコスル(南米南部共同市場)へのベネズエラの正式加盟が承認されたが、メルコスルを中心として米国主導の米州自由貿易地域(FTAA)に対抗する図式が強化されたことになる。
また、ベネズエラは今年4月にアンデス共同体からの脱退を表明したが、コロンビアとペルーが米国と自由貿易協定(FTA)を締結したことを「アンデス共同体の米国の切り崩し」として反発したものである。さらに、ベネズエラ、ボリビア、キューバで4月29日に締結された人民貿易協定(TCP)も、米国の2国間FTAによるボリビアの一本釣りに対抗するものといえる。
資源ナショナリズムを背景にベネズエラがラテンアメリカ域内でその影響力を拡大することは、これまでイラク、テロ対策に偏重し、足下のラテンアメリカを軽んじていたブッシュ政権に大きな代償を迫っている。石油の中東依存を減らそうとする米国は、同時にベネズエラから石油輸入の13%を依存しており、米国への石油供給停止をほのめかすことがチャベス大統領のカードとなっているからだ。
ボリビアの天然ガスの国有化
ボリビアはラテンアメリカで第2位の天然ガス埋蔵量を有するが、モラレス大統領は去る5月1日、国内の天然ガス事業を国有化する大統領令に署名し、軍をガス関連施設に常駐させた。採掘されるガスの管理や販売をベネズエラ国営石油公社(PDVSA)が行い、外国企業は採掘業務のみとなる。
今年1月に大統領に就任したモラレス氏は、チャベス大統領と親密で、新自由主義批判と資源国家主権の立場で共通しており、天然資源の国有化を公約にしていた。現地生産を行う外国企業は直ちに交渉に入り、今後180日以内に政府が求める新契約に移行しなければ、ボリビアから撤退を求められることになる。
ボリビアではかつては石油や天然ガス事業は石油公社が独占してきたが、90年代後半からの民営化によって多くの外資系企業が参入し、採掘から販売までの事業を展開している。ペトロブラス(ブラジル石油公社)、レプソルYPF(スペイン、アルゼンチン)、トタル(仏)、ブリティッシュ・ガス(英)、エクソンモービル(米)などが代表的である。
ボリビアの天然ガスはブラジルとアルゼンチンに輸出されているが、とくにブラジルでは国内で消費される天然ガスの50%をボリビアからの輸入に依存しており、発電所、工場、都市ガス、乗用車など広範に使用されている。このため、ペトロブラスはこれまでにエネルギー分野に15億ドルを投資し、ボリビアへの最大の投資企業となっている。
ブラジルのルラ大統領は、外交上ボリビアが自国の資源を主張する権利を尊重せざるを得ないが、他方で国営企業であるペトロブラスの資産を守ると同時に、経済活動にとって不可欠となっている天然ガスの安定供給確保に迫られることになった。
ペトロブラスは、現時点において、現在進行中のブラジル・ボリビア間のパイプライン敷設プロジェクトも含め、ボリビアへの新規投資の凍結を表明しているが、天然ガスの高騰を避けるため即時撤退はしないとしている。
5月4日には、ボリビア、ブラジル、アルゼンチン、ベネズエラの4大統領による首脳会談が開催され、今後もボリビアがガス供給を保証することで合意したと伝えられている。ただし、天然ガスの価格に関しては2国間交渉に任されることになった。
左派政権として互いに友好関係を維持しなければならい両国が、どのような合意点に達しうるのか。今後のラテンアメリカ域内の連携を占う一つの試金石となっている。
(5月8日記)