大統領選挙の季節を迎えたラテンアメリカ
神戸大学理事・副学長 西島章次
ラテンアメリカでは、昨年末から今年末の間に12カ国で大統領選挙が予定されている。既にホンジュラス、ボリビア、チリで新しい大統領が選出され、今後はペルー、コロンビア、メキシコ、ブラジル、ベネズエラなどの主要国が続く。
ラテンアメリカ諸国の大統領選挙日程
国 |
日程 |
期間 |
2005年 |
||
ホンジュラス |
11月27日 |
4年 |
ボリビア |
12月18日 |
5年 |
2006年 |
||
チリ |
1月15日 |
4年 |
コスタリカ |
2月5日 |
4年 |
ハイチ |
2月7日 |
5年 |
ペルー |
4月9日 |
5年 |
コロンビア |
5月28日 |
4年 |
メキシコ |
7月2日 |
6年 |
ブラジル |
10月1日 |
4年 |
エクアドル |
10月15日 |
4年 |
ニカラグア |
11月5日 |
5年 |
ベネズエラ |
12月 |
6年 |
このような一連の大統領選挙では、昨今のラテンアメリカで顕著となってきた左傾化の傾向を強めると予想されているが、左派政権といっても2つのタイプに区別される。
ベネズエラのチャベス政権のような反米、反経済自由化が鮮明で、資源ナショナリズム、ポピュリズム的な性格を帯びる左派政権と、ブラジルのルラ政権のような市場経済志向的でマクロ政策を重視するが、貧困層への社会政策にも熱心な中道左派の政権である。
強まるチャベス大統領の影響力
ラテンアメリカでは、80年代後半よりネオリベラリズム(新経済自由主義)に基づく急激な経済自由化が推し進められ、経済、社会は大きく変化してきた。しかし、経済自由化の利益が全ての人々に裨益されている訳ではない。
ラテンアメリカでは5億5千万の4割の人口が貧困に喘いでいるとされ、こうした人々の経済自由化、民主化に対する失望感は強く、近年の左派政権誕生の背景となっている。
このような状況下でラテンアメリカの政治に大きな影響を与えているのが、ベネズエラのチャベス大統領である。反ネオリベラリズム、反ブッシュ政権を掲げ、豊かなオイルマネーを政治的カードに、キューバやカリブ諸国への安価な原油供給、アルゼンチン、エクアドルの政府債務の買い上げなどで近隣諸国への影響力の拡大を図っている。
昨年12月に実施されたボリビアの大統領選挙では、チャベス大統領を信奉するとされる社会主義運動党モラレス氏が当選したが、同氏は先住民出身で、コカ栽培の自由化、天然ガスの国有化などを主張しており、その政治スタイルは極めてチャベス大統領に近い。
また、今年4月のペルーの大統領選では、先住民系で「急進的な左翼」を自称するペルー民族主義者党のウマラ党首も有力候補の一人となっているが、ウマラ氏は原油や天然ガスなどに対する国家の役割を強化することを表明しており、資源ナショナリズムの色彩が強い。
ボリビアの大統領選後、チャベス大統領はモラレス氏とウマラ候補を同時にベネズエラに招いたが、ウマラ候補を応援する発言をしたことから、ペルー政府が内政干渉として駐ベネズエラ大使を召還する騒ぎとなっている。
中道左派勢力は拡大するか
これまで、チリやブラジルなどの中道左派の国々では、経済自由化とともに社会政策を重視することで政権への支持を維持してきた。例えばチリは、経済自由化がもっとも進展した国であるが、90年代初めより中道左派の連合政権のもと、社会保障制度などの充実を図ってきた。
昨年12月11日に第1回目投票に続き、今年1月15日に決選投票となったチリの大統領選挙では、中道左派社会党候補のバチェレ前国防相が当選し、保守的と言われるチリで初めての女性大統領の出現となった。チリでは新しい政治が始まるとの期待が大きいが、これまでのラゴス政権の路線を追従すると見られている。
しかし、ブラジルの大統領選の行方は混沌としている。ブラジルではルラ大統領が2期目の政権担当をねらうが、大統領所属の労働者党を中心とする組織的な汚職疑惑が発覚し、19名の下院議員を巻き込む政治スキャンダルに発展している。クリーンなイメージを売り物にしてきたルラ大統領にとれば深刻なダメージだ。
対立候補として予想される現サンパウロ市長のセーハ氏(ブラジル社会民主党)は前回の大統領選でも戦った候補であるが、今年1月の世論調査ではセーハ候補が第1次選挙、決戦投票ともにルラ候補を上回るとの結果となっており、どちらが選挙戦を制するかは予測困難な状況である。
他方、メキシコでは中道右派から中道左派政権誕生の可能性が高まってきた。メキシコは、現フォックス政権がFTAA(米州自由貿易協定)に賛同するなど最も親米派の国であるが、国民の間では米国依存の経済運営から得られた利益はほとんどないとの認識が多い。
このため、名前の頭文字をとったAMLOの名称で知られ、貧困問題解消や社会的公正を掲げる民主革命党(中道左派)のロペス・オブラドール氏が、貧困層のみならず無党派層から多くの支持を集めている。
地元紙ラホルナーダによると、今年1月に行ったコバルビアス社の世論調査では、ロペス・オブラドール氏支持が39%で、現与党国民行動党(中道右派)のフェリペ・カルデロン氏の27%、制度的革命党(中道)マドゥラソ氏の22%をリードしている。
拡大する域内の連携
ところで、中道左派と左派のいずれが勢力を増したとしても、注目すべきは、ラテンアメリカ諸国間の協調関係の拡大である。昨年11月にアルゼンチンで開催された米州首脳会議では、ブラジル、アルゼンチンなどのメルコスール諸国が米州自由貿易地域(FTAA)の交渉再開に反対し、ベネズエラとともに米国との対立の構図が明確となった。
また、昨年12月にはメルコスールがネズエラを正式メンバーとすることに合意している。さらにベネズエラからアルゼンチンまでの天然ガスパイプラインプロジェクトなど、メルコスールとしては一線を画しながらもベネズエラ、ボリビアなどとの連携を強めつつある。
いずれにせよ、ネオリベラリズムの進展の中で独自の道を描こうとするラテンアメリカ諸国では左傾化と域内での連携が顕著となってきたが、一連の大統領選挙が続く今年は、今後のラテンアメリカの政治体制を決定する重要な年となるといえる。