真価が問われるブラジル・ルラ大統領

神戸大学副学長・経済経営研究所教授 西島章次 

今年11日、ブラジルでルラ大統領による第2次政権が発足したが、停滞する経済、深刻化する貧困問題、結束が乱れるメルコスル(南米南部共同市場)など、内政、外交ともに課題が山積みである。昨年10月の選挙では圧倒的な得票率での再選であっただけに、国民の期待は大きく、ルラ大統領の手腕が厳しく問われている。

不可欠な経済成長の加速

1政権期(2003年〜06年)のGDP成長率は平均で2.6%、1人当たり成長率では1%強に過ぎなかった。同期間の中国、インド、ロシアのGDP成長率はそれぞれ9.1%、7.0%、6.6%であり、ブラジルのそれはBRICs諸国中で最も低い。しかも、この2.6%という成長率は世界の資源貿易の急激な拡大という好条件に支えられたものである。
 1政権での低成長は、マクロ的安定性を重視した結果であるといえる。長年のインフレ体質から脱却するために、カルドーゾ政権の経済自由化政策とマクロ政策を引継ぎ、国際金融市場との協調的関係や財政緊縮化などが維持された。
 このためインフレ抑制策として高金利政策が維持されており、2006年には目標インフレ率4.5%を下回る3.14%を実現した。また、財政政策に関してもGDP比で4.25%のプライマリー収支黒字は達成された見込みである。 
 しかし、高金利のために民間投資は低迷を続けている。Selicと呼ばれる基準金利はルラ大統領が就任した2003年には実に年率で26%であった。その後、小刻みに調整され、今年124日には13%となったが、依然として世界でも類を見ない高さである。
 また、高金利のために政府債務が拡大するという問題も重要である。ブラジルの政府債務は基準金利に変動する債務の割合が高く、2003年当初の約6割から現時点の約4割にまで低下したものの、高金利による債務返済負担が新たな債務発行で補填されている。
 政府債務残高はGDP比で2003年当初の41%から2006年末の52%にまで拡大しており、2002年に経験したデフォルト危機の再来を回避するために、慎重な債務政策が求められている。しかし、インフレ抑制のために高金利を維持しなければならならず、金利政策を債務管理と景気回復のために使用できない制約が引き続いている。
 今年122日、ルラ大統領は第2次政権の目玉政策として「成長加速化計画(PAC)」を発表。2010年までにインフラ整備を中心として約2360億ドルを投下し、成長率を加速させたい考えだ。しかし、政府や公社が積極的に関与し、民間部門に対して各種の優遇政策を措置するやり方は、効率性と財政への影響が懸念され、その効果は不透明だ。
 ルラ大統領第2政権の成否は、持続的な経済成長と雇用拡大による社会的安定に依存している。ルラ大統領は、約1100万の貧困世帯に対し月額で約45ドル程度までを支給する生活扶助制度を実施しているが、あくまでも対症療法に過ぎず、経済成長率の回復が鍵となる。

結束が乱れてきたメルコスル

ルラ大統領にとってメルコスルも頭痛の種となりつつある。去る118日、19日にリオでメルコスル首脳会談が開催されたが、南米統合で指導力を発揮しようとするルラ大統領の思惑と異なり、ベネズエラのチャベス大統領の言動が目立ち、加盟国間での対立が際だつ会議となった。
 ベネズエラは既に5番目の正式加盟国として承認されているが、過激な反米主義・反ネオリベラリズムで知られるチャベス大統領は、今年1月の3期目の大統領就任式で「21世紀型の社会主義化」と通信やエネルギー分野での国有化を表明するなど、その独裁的な政治スタイルを強めている。
 首脳会談においても、チャベス大統領は「メルコスルはネオリベラリズムの共同体である」と批判したと伝えられるが、これに対しルラ大統領が「政治的、思想的多様性は統合プロセスと矛盾しない」と表明するにとどまり、チャベス大統領への強い批判は聞かれなかった。
 しかし、本来、メルコスルは民主主義を遵守し、民間セクター主導の経済運営を基本としている。メルコスルの中で資源外交を展開するチャベス大統領の影響力が増大すれば、こうした原則と対立し不協和音が生じる可能性を否めない。メルコスル主導国としてのルラ大統領の舵取りの責任は大きい。
 ルラ大統領にとってアルゼンチンとの関係もやっかいである。首脳会談ではボリビアの新規加盟について議論されたが、対外共通関税の適用を免除するブラジル案に対し、例外的扱いを問題視するアルゼンチンが反対し、結論は先送りされた。
 ブラジルとアルゼンチンの間では、数年前からブラジル産の電気製品、靴、タオルなどをめぐる通商摩擦が生じていたが、今年に入ってからもアルゼンチン産のペットボトル用樹脂に対する輸入課徴金を不当として、アルゼンチンがブラジルをWTOに提訴するなど両国の関係が悪化している。
 同様に、ウルグアイも紛争の火種となりつつある。域内弱小国であるウルグアイは、メルコスルにおける不利な立場に不満を抱いており、かねてより米国との自由貿易協定(FTAをほのめかしていたが、125日、米国と貿易投資枠組み協定(TIFA)に調印したと伝えられている。これがFTAにまで発展すれば、メルコスルの関税協定との整合性など問題からウルグアイの脱退も考えられ、メルコスルにとれば致命傷となる。
 いずれにせよ、メルコスルでは参加国の拡大とともに、内部の対立と政治色が強まり、所期に目指していた統合へのプロセスが困難となりつつある。第2次政権の4年間にルラ大統領はメルコスルでどのようなリーダーシップを発揮するか、その真価が問われている。