ベネズエラ加盟で新たな局面を迎えるメルコスル
本年7月4日、ベネズエラがメルコスル(南米南部共同市場)に正式加入した。南米大陸の主要10カ国(ガイアナ、スリナムを除く)で正式加盟国か準加盟国でなかったのはベネズエラだけであり、今回の加盟でメルコスルは南米大陸を網羅する。
しかし、これまで不十分ながらも南米統合の核としての地位を固めつつあったメルコスルは新たな課題を抱えることになった。
ベネズエラ参加による危惧
ベネズエラの参加で、メルコスル5カ国のGDPは1兆ドル強となり、南米大陸のGDPの76%を占めることになる。また、ベネズエラには石油、天然ガスが豊富に賦存することから、加盟国のエネルギー政策に益する可能性が高い。さらに、ベネズエラがアマゾン地域、カリブ地域と近接することから、南米全体の地政学的理由からも重要である。
しかし、ベネズエラが加盟しても域内貿易が直ちに拡大するとは考えられない。ベネズエラの石油は、域内各国に供給を急増するだけの余力がないとされている。他方、ベネズエラは工業製品や農産物を大量に輸入しているが、域内からの輸入を自由化すれば、ブラジルやアルゼンチンからの輸入が急増し、国内産業が壊滅的な打撃を受けるからだ。
域内貿易は2012年までに自由化される予定だが、そもそもメルコスル参加はベネズエラ国内のコンセンサスを得たものではなく、多くの企業団体や市民団体は、国民議会や国民の合意を得たものではないと反発を強めており、速やかに域内貿易の自由化が実現するかどうかは不明である。
この意味で、ベネズエラの加盟は反米路線を推し進めるチャベス大統領の対外戦略の意味合いが強いといえる。今年に入りベネズエラは、米国がコロンビア、ペルーと自由貿易協定(FAT)に合意したことを「米国によるアンデス地域の切り崩し」として反発し、アンデス共同体(CAN)、コロンビア、メキシコとの3カ国グループ(G3)から脱退しているが、メルコスル加盟は反米路線の足場を南米南部にシフトしようとするものである。
当然、ベネズエラの参加によってチャベス大統領の政治的影響力が強まれば、対米政策に温度差のあるメルコスル加盟国、準加盟国を分断する可能性が危惧される。例えば、アルゼンチンはブラジルと異なりエネルギー輸入に大きく依存しているが、アルゼンチンのキルチネル大統領の政治スタイルがよりチャベス大統領に近いことから、ベネズエラの加入がアルゼンチンとブラジルの関係を複雑とする可能性を否定できない。
また、ウルグアイとパラグアイは、ブラジル、アルゼンチンに比べ経済規模が小さく、メルコスル参加のメリットをめぐる不満から米国との自由貿易協定(FTA)を検討していると伝えられているが、ベネズエラの参加はこうした動きを加速するかもしれない。
ブラジルのジレンマ
今年5月1日、ボリビアは石油・天然ガスの国有化を宣言したが、ボリビアの天然ガスの最大の顧客はブラジルであり、またブラジル石油公社(ペトロブラス)がボリビアでの多大の投資企業であることから、最大の被害者はブラジルであった。
しかし、ブラジルのルラ大統領の対応は国有化を認めるものであり、その対応に厳しい批判が寄せられている。ボリビアの国有化にはチャベス大統領からの関与があったことが明白であるにも拘わらず、国益やルールを無視し、近隣の途上国との友好関係を重視したイデオロギー的な対応であるとの批判である。
これまでブラジルはリーダー国としてメルコスルを主導してきた。しかし、ベネズエラのメルコスルへの加盟を許すことは、チャベス大統領の強烈な反米思想やメルコスルを軸とする軍事的連携のアイデアなど、メルコスル本来の目的が阻害される危険性も否定できない。
しかし、ブラジルにはベネズエラを加入させたい理由もある。ベネズエラ国営石油(PDVSA)はブラジルの東北部ペルナンブコ州に25億ドルをかけて石油精製施設を建設する計画だとされる。また、ベネズエラからアルゼンチンまでの天然ガス・パイプライン建設計画が進展しているからだ。
だが、これらはベネズエラの正式加入を必要としないかもしれない。にもかかわらずスタンドプレイの多いチャベス大統領率いるベネズエラを加盟させるのは、メルコスルの経済的強化によってブラジルの対外交渉力を強化しようとする思惑と、チャベス大統領を巻き込むことによって、その過激な反米主義、独裁的政治手法を牽制し、地域への悪影響を防ぐことを考えているのかもしれない。
ところで、この10月にブラジルで大統領選挙が実施されるが、世論調査で拮抗しているルラ大統領とアルキミン候補のいずれが当選するかによって、ブラジルとチャベス大統領との関係が大きく変化する。
アルキミン候補は、国益よりイデオロギーを優先するものであるとしてベネズエラの加入を認めることに批判的であり、相互のベネフィットが確保される限り米州自由貿易地域(FTAA)に賛成する立場であるされる。FTAAがブラジルも納得できる形で決着するなら、その経済的効果は計り知れないからだ。
ブラジルがFTAAに関して、米国の農業補助金や輸入制限措置の撤廃を求めて戦略を駆使しているのと、FTAAを完全に否定しているベネズエラがとでは大きな違いがある。
ともかく、ブラジルはベネズエラとは一線を画するだけではなく、メルコスル本来の民間セクター主導、ルールと民主主義遵守の統合体を実現するために独自の明確な戦略を持たなければならない。今後、ブラジルはベネズエラとどのような妥協点を見いだしていくのであろうか。これに失敗すれば、ブラジルは大きなコストを払わなければならない。