口蹄疫に揺れるブラジル
神戸大学理事・副学長 西島章次
ブラジルのマットグロッソドスル州(以下MG州)で口蹄疫が発生した。同州は約2500万頭の牛を飼育しており、サンパウロ州に次ぐ重要な牛肉輸出の地域である。
去る10月10日、政府はパラグアイ国境に隣接するエルドラド市の牧場で142頭の感染牛を確認したと発表。直ちにエルドラド市と半径25km以内の5市と近隣2市を厳戒地域として、家畜のみならず人間の出入りを禁止したが、11月に入っても汚染牧場の数は増えており、予断を許さない状況である。
牛肉輸出大国のブラジル
ブラジルの牛肉輸出は近年急増しており、2004年には世界の主要国の輸出590万トンのうち140万トン(約20億ドル)を輸出し、世界最大の輸出国となった。ブラジルには約1億9800万頭が飼育されており、米国が狂牛病騒動によって大きく輸出を減少させたのに対し、世界の牛肉需要を満たす形で輸出が急増している。約150カ国に輸出され、主要な輸出相手国は、ロシア、エジプト、オランダ、英国、チリなどで、既に2005年1月から9月には23億ドルを輸出している。
しかし、11月3日の時点でEU諸国など49カ国がブラジルからの牛肉の全面もしくは部分的な輸入禁止措置をとり、ブラジルにとって厳しい状況となった。とくにEU諸国は、MG州のみならずパラナ州、サンパウロ州を対象とし、また9月30日以降に生産されたものを含む厳しい措置をとっている。大統領就任後74回目の外遊でポルトガルなど訪問していたルラ大統領は各国で口蹄疫の説明に追われることになった。
ブラジル政府によると、各国の輸入禁止措置による今年度の損失は11億ドル程度とされるが、49カ国でブラジルの牛肉輸出の9割以上を占めることから、今後の口蹄疫の展開によってはブラジルの輸出大国の地位も揺るぎかねない。
これまで、欧米やブラジル国内の専門家の間では、ブラジルでは防疫・検疫体制が不備であり、生産者が経費削減のためにワクチン投与を完全に実施していないケースが多いことが指摘されていた。
実際、近年の事例では、2001年に北東部マラニョン州、2002年には南部のリオグランデドスル州、2004年には北部のパラ州とアマゾナス州で口蹄疫が発生している。ただし、これら地域は肉牛の主要生産地から遠く離れていること、限定的な地域での発生であったため、とくに大きな影響は無かったといえる。
しかし、今回は、主要生産地であるMG州で発生したこと、また最大の生産地であるサンパウロ州が隣接することなどから、ほとんどの輸入国で輸入禁止措置がとられたといえる。
望まれる早期収拾
今回の口蹄疫の発生によって、ブラジルの防疫・検疫体制の不備が露呈されることになったが、原因についての政府内の見解は統一されていない。ルラ大統領は、あくまでもワクチン接種を徹底しない生産者の責任であるとしているが、農務大臣や州当局は防疫・検疫体制への予算の不足としている。
いずれにせよ、今回口蹄疫が発生した地域は、パラグアイ国境から30kmの距離に過ぎず、麻薬、武器、家畜などの密輸入が頻発している地域である。隣国パラグアイからワクチン未接種の牛を格安で密輸入するために、偽の通関許可証やワクチン投与証明が横行しているとされ、既に州の防疫当局の汚職に関する調査が2003年からなされている。
今回の口蹄疫に対し、ブラジル政府は迅速に対応しているが、必ずしも楽観的な予測を許さない状況だ。11月になってMG州で新たに確認された22番目の汚染牧場は規模が大きく、5500頭のうち少なくとも54頭が感染しており、その影響が危惧されている。
しかし、ブラジル政府としては、MG州内での汚染にとどめ、被害を最小限としたいところだ。既にMG州内で4300頭が感染防止のために処分されているが、州のスポークスマンによると最終的に安全宣言までに17000頭の処分が必要だとされる。
また、ルラ大統領は新たに1460万ドルを農務省に配分することを決定。その内1190万ドルは口蹄疫撲滅のため、残りの270万ドルは生産者救済のための緊急貸付に用いられるとされる。また、口蹄疫の他州への蔓延を防ぐために、今年で第2ラウンドとなるワクチン投与を、全国27州の内16州で約1億6000万頭に対し早急に開始する予定である。
ところで、ブラジルでは諸外国の輸入禁止は長期化しないという予測が多い。競争相手国の供給余力が限られていることがその理由となっている。オーストラリアでは旱魃により飼育頭数が減少していること、アルゼンチンでは経済危機からの回復過程で輸出余力がないこと、欧州は超過需要の状況であり、米国は狂牛病の影響で多くの国が依然として輸入は再開していないからである。
最終的な経済的影響は、どれだけ早く口蹄疫が収拾し、各国がいつ輸入再開するかにかかっているが、ブラジル産牛肉へのイメージの悪化は避けられず、米国、日本、韓国などの大消費地への市場開拓のチャンスが遠のいたといえる。
最後に、鳥インフレエンザが世界的な流行となった場合、ブラジルではこれまで鳥インフレエンザの発症の経験が無く、その対応能力が危惧される。ブラジルの鶏肉輸出は牛肉より多く、2004年には25億ドルで米国に次ぐ第2の輸出国であり、わが国の鶏肉輸入の4割近くを占めるなど、重要産業となっている。鳥インフルエンザへの万全の防御体制を整えなければ、極めて大きな影響となることは避けられない。
平成17年11月5日記