日本で試されるルーラ大統領の外交手腕
日本政府との首脳会談では、国連安保理の常任理事国入りへの相互支持、資源・エネルギー・環境分野での経済協力、日本とブラジルもしくはメルコスール(南米南部共同市場)との地域協定、2008年のブラジル移住100周年記念事業などが、主要な議題となると予想されている。
しかし、ルーラ大統領にとっての最大の関心事は、バイオ燃料エタノールと牛肉の日本への売り込みであり、多数の企業家を伴った経済ミッションとしての来日といえる。
積極的なルーラ大統領の対外政策
これまでにルーラ大統領は、2003年1月の就任以来、実に47回の外遊をこなしている。最近では4月にセネガルなどアフリカ4カ国を訪問し、今回の韓国、日本、さらに7月にはフランス、イギリス、9月には米国が予定されている。
ブラジル国内ではカルドーゾ前大統領などから、あまりに多い外遊に批判を浴びたりしているが、ルーラ大統領は「外交とは差し向かいで行うもの」として精力的に世界各国を訪問している。
こうしたルーラ大統領の外交姿勢には2つの側面がある。1つは、発展途上国のリーダーとしての役割を果たそうとしていることである。2003年9月のメキシコ・カンクンでのWTO(世界貿易機関)会議で、ブラジルがリードする形で発展途上国20カ国と連合し、先進国の農業補助金をめぐって会議を決裂させたことが象徴的だ。
既に、南米諸国はもとより、インド、中国、南アフリカなど多くの発展途上国を歴訪し、これら諸国との連携を強めている。ブラジルが主導権を発揮し、発展途上国が先進国に対して発言力を強めることが目的だ。FTAA(米州自由貿易地域)交渉で米国と激しく対峙していることも典型的な事例である。
しかし、ルーラ大統領の対外政策においては、もう1つの現実的な側面がある。経済自由化路線と国際金融市場との良好な関係を維持することによって、グローバリゼーションのメリットを最大限に活用する戦略である。このため、ルーラ大統領自らが積極的な外遊をこなし、貿易と直接投資の拡大に着実な成果を挙げている。
例えば、昨年5月にルーラ大統領は日本を素通りした形で中国を訪問したが、中国の旺盛な資源需要に対するブラジル産品の売り込みのみならず、10件の経済協力案件と14件の合弁事業計画の合意に成功している。
ルーラ大統領のトップセールスは成功するか
ブラジルでは、既に1980年代から、サトウキビを原料とするバイオ燃料エタノールのガソリンへの混合やアルコール自動車の普及によって、現在では年間155億リットル(2004年推定)に達する世界最大のエタノール生産国となっている。
最近では、バイオ燃料が京都議定書の取り決めによってCO2排出にカウントされないことから世界的にエタノールへの需要が高まっており、ブラジルは新しい輸出品として攻勢をかけている。2004年には既に24億リットルの輸出実績がある。
日本では2003年8月に3%のエタノール混合ガソリンが承認されたことから、ブラジル政府は将来的に年間で20億リットルの需要があると見込んでいる。しかし、日本でのエタノールの使用は、まだ試験段階に過ぎない。石油業界は、安全性のために製油所やスタンドで多額の設備投資が必要なことから消極的である。
他方で、日本は京都議定書において90年比でCO2排出6%削減を約束しており、CO2排出が増加する輸送部門での対策が急務となっていることも事実であり、ルーラ大統領がどのような交渉を行うのか興味深い。
もう一つの重要な交渉品目となりそうなのが、ブラジル産の牛肉である。ブラジルでは一部地域で口蹄疫が発生したことがあり、日本は生鮮・冷凍牛肉の輸入を禁止している。
しかし、各国はBSE(狂牛病)騒ぎのなかでブラジルからの牛肉輸入を急増させており、米国農務省の調べでは、2004年にはオーストラリア、米国を抜き、世界1の牛肉輸出国となっている。世界的な基準からはブラジル産牛肉は安全であると判断されており、とりわけオランダ、ドイツなどのEU諸国への輸出が拡大している。
ブラジルにとれば、日本が米国からの牛肉輸入を禁止したことは輸出拡大の千載一遇のチャンスであり、牧草と植物性飼料のみで飼育するブラジル牛の安全性をアピールしてきた。だが、ブラジル産牛肉の解禁に関しては日本政府の動きは鈍い。また、ブラジル産の牛肉は脂肪分が少なく、消費者に支持されるかどうかも不明である。
はたしてルーラ大統領は以上のような日本の事情を突破できるのか、その外交手腕の見せ所である。