ラテンアメリカでプレゼンスを高める中国

西島章次(神戸大学理事・経済経営研究所教授)

 かつて、アジア地域とラテンアメリカ地域との関係は、経済的・政治的に疎遠であり、両地域の関係はミッシングリンクとさえ言われていた。このため、日本や米国の対外政策の議論において両地域の関係が重要なテーマとなることは少なかった。
 しかし、中国の経済的台頭とともに、ラテンアメリカ地域における中国の存在感が日増しに高まりつつあり、政治的にも影響力を拡大しつつある。米国のみならず日本においても、今後のラテンアメリカ政策の再構築を迫る勢いだ。

中国の積極的な資源外交

胡錦濤国家主席は、昨年11月、100人を超える企業経営者らを同行して、ラテンアメリカ4カ国(ブラジル、アルゼンチン、チリ、キューバ)を訪問した。急成長を遂げる中国経済が必要とする資源確保を目指す歴訪であった。
 2000年の中国のラテンアメリカ諸国からの輸入は50億ドル弱であったが、2004年には220億ドル程度にまで急増した。今後も中国の高成長が続き資源需要が拡大の一途をたどれば、中国にとってのラテンアメリカの重要性はいっそう高まるはずである。
 例えば、今回のブラジル訪問で胡主席はブラジルを「全天候型戦略的パートナーシップ」と位置づけ、今後2年間で約100億ドルを投資、貿易額も3年内に200億ドルになると表明している。既に輸入が急増している鉄鉱石や大豆のみならず、ブラジルの豊富な資源確保という意図が明白だ。
 こうした投資には、最近の原油価格の高騰、中東情勢の混迷から、エネルギー関連も多く、ブラジル沖合の海底油田の共同開発とブラジルの北東部から南部までの天然ガス・パイプラインの共同建設が含まれている。この他、これまで中国への輸出が禁止されていた牛肉と鶏肉の解禁や、人工衛星打ち上げやエタノール燃料の共同開発も合意している。
 他の訪問国でも資源外交に積極的で、アルゼンチンでは今後10年間で鉱業、鉄道、その他のインフラ分野で総額197億ドルを投資することで合意し、チリとは共同で銅山開発の計画を進めるとされる。
 もちろん、ラテンアメリカ側でも、中国の資源需要の急増は神風ともいえ、通貨危機後の困難な経済運営を大いに潤していることを否定できない。当然、ラテンアメリカ側の売り込みも盛んで、昨年だけでも主要国のブラジル、アルゼンチン、ベネズエラの各大統領が北京を訪問している。
 

政治的影響力の拡大

1970年以前に中国が国交を結んでいるのはキューバのみであったが、今日ではパラグアイと中米諸国を除き、全てのラテンアメリカ諸国と国交がある。しかし、ラテンアメリカ地域における中国の立場には、米国との対立が色濃く反映している。
 典型的にはラテンアメリカ地域における台湾問題である。台湾と外交関係を有する国がラテンアメリカに集中しているからだ。このため、地域の大国であるブラジルやアルゼンチンとの交流を強めれば、台湾と外交関係を有する諸国への圧力となるはずである。
 例えば台湾と外交関係を結んでいるパラグアイの存在は、将来メルコスールと中国がFTA(自由貿易協定)を締結する場合の大きな障害となりうるが、ブラジルやアルゼンチンは中国とのFTAに向けてパラグアイを説得する意向だと伝えられている。
 さらに、ブラジルの国連安全保障理事会の常任理事国入りに対して中国が明らかにブラジルを支持していることや、他方、ラテンアメリカ諸国が中国に「市場経済ステータス(FMES)」を与えることで合意していることも政治的繋がりを示す事例である。
 こうした中国のラテンアメリカでの勢力拡大に対し、米国は無関心でおれないであろう。とくに中国がキューバ、ベネズエラで影響力を持つことに強い関心がある。対キューバ経済制裁の効果を殺ぐ可能性や、ベネズエラから米国への石油輸出が低下する可能性を否定できないからだ。
 胡主席はカストロ議長との会談で、「たんなる友人ではなく兄弟である」と述べ、経済、技術分野での協力を約束している。こうした中国の政治的影響力の拡大は、米国には勢力範囲もしくは裏庭への侵略と見えるかもしれない。
 もちろん、あまりに急激な中国のプレゼンスの増大に対しラテンアメリカ諸国内には慎重論も多い。とくに製造業にとれば、国内市場のみならず米国やEU市場などで中国製品との競争が激化するとの危惧がある。ブラジルの自動車産業は、中国とのFTA交渉に関しては強く反対していると伝えられている。
 また、中国からの資金がラテンアメリカにとってフリーハンドではなく、中国の国営企業が主体となるプロジェクトへの紐付きであれば、ラテンアメリカ各国のナショナリズムと対立する可能性を否定できない。
 いずれにせよ、中国のラテンアメリカでのプレゼンスの増大は留まることはない。既に米国と中国の接近が日米関係の見直しを迫っているように、中国のラテンアメリカでの台頭は日本とラテンアメリカの関係にも大きな影響を与え始めたといえる。