バイオ燃料エタノールで勢いづくブラジル

神戸大学経済経営研究所教授 西島章次 

今年9月にブラジルを訪問した小泉首相が、日系の人々の前で涙を流したことが美談として伝えられている。ことの起こりは、ブラジル政府の強い要請で、サンパウロから350kmの内陸部を視察した際、1908年に笠戸丸移民が入植したグァタパラ移住地に急遽降り立ち、大歓迎を受けたことによる。
 しかし、へリコプターに乗って強行軍で視察したのは、バイオ燃料エタノールの工場であり、ブラジル政府が日本へのエタノール売り込みを意図していたことはあまり知られていない。

ブラジルで先行するエタノール燃料

ブラジルは、年間155億リットル(2004年推定)を生産する世界最大のエタノール生産国だ。エタノールなどのバイオ燃料はCO2を削減する効果があるとされ、ブラジルは新しい輸出品として攻勢をかけている。日本が昨年8月に温暖化対策の一環として3%のエタノール混合ガソリンを承認したことから、ブラジル政府は将来的に年間で20億リットルの需要があると見込んでいる。
 ブラジルでは、1973年の石油危機を契機にサトウキビを原料とするエタノールによって石油を代替する「国家アルコール計画」を実施。まず、無水エタノールをガソリンに20%混合し、1980年には含水エタノールを100%燃料とする自動車が販売された。
 1985年のエタノール生産は年間で100億リットルに達し、自動車燃料の約半分をまかなうまでに発展した。この年に販売された新車の実に90%強がエタノール専用車であった。
 しかし、90年代に入ると、多額の政府補助を必要とする「国家アルコール計画」が廃止されことや、砂糖価格の上昇によってエタノールの供給不足が生じ、消費者のエタノール専用車離れが急速に進んだ。1997年にはエタノール専用車の生産シェアは1%以下にまで低下した。
 他方、エタノールのガソリンへの混合は継続されており、現時点ではエタノールが25%混合されている。こうしたエタノールの使用によって、2001年にはエネルギーベースの換算でガソリン消費量の約28%を代替している。
 しかし、昨年よりブラジルで改めてエタノールへの関心が高まっている。ブラジルの各自動車メーカーが、ガソリン、エタノール、それらのいかなる割合での混合燃料にも対応可能なフレックス燃料車を相次いで販売したからだ。昨年3月のフォルクスワーゲンに続き、フィアット、GMも同様の車種を投入している。
 消費者とすれば、ガソリンとエタノール価格の変動に応じて燃料を変更できるフレックス燃料車のメリットは大きく、今年1月〜9月期のフレックス燃料車の販売台数は新車の24%に達した。自動車業界では、来年には新車の40%を占め、数年でフレックス燃料車が主流となるとしている。
 さらに、GMがガソリン、アルコール、天然ガスのいずれでも走行可能なマルチ燃料車を発売したことや、ブラジルの航空機メーカーのエンブラエルがエタノールを燃料とする一人乗りプロペラ機を開発するなど、応用の範囲も拡大している。

日本での取り組み

エタノールなどのバイオマスはもともと大気中のCO2を取り込んだものであることから、バイオマス燃料を燃焼させて排出されるCO2は新たな増加分とはみなされず、京都議定書ではバイオマスからのCO2は排出量にカウントされないことになっている。
 わが国は、京都議定書で2008年から12年までに、CO2排出量を1990年の水準より6%削減するとしているが、政府の「地球温暖化対策推進大綱」によると、産業部門では90年度比で7%減が可能であるが、排出量の1/4を占める運輸部門では自家用車の増加などで削減は難しく、90年度比で17%増となると予想している。燃費向上やハイブリッド車に加え、バイオマスの導入など新たな対応策が不可避であるといえる。
 環境省の中核的温暖化対策技術検討会が昨年3月にまとめた中間報告では、エタノール10%の混合ガソリンの供給体制が整備され、対応車両の普及が順当に進んだ場合、2010年には運輸部門のCO2排出量が90年比で2.7%削減可能だとしている。
 このため、政府は、まず低濃度のエタノール混合ガソリンの普及を目指し、販売済み自動車へのエタノール3%混入ガソリンの使用を解禁した。混入率が3%以下なら、自動車部品のアルミやゴムを腐食させず、窒素酸化物(NOx)の排出も増加しないとしている。 しかし、慎重論も強い。エタノールを高濃度で混入した場合に窒素酸化物が増加する可能性や、有害なホルムアルデヒドを排出するという問題がある。また、サトウキビの生産を拡大するために森林を破壊するとなると本末転倒だとする議論もある。
 だが、米国での関心はきわめて高い。トウモロコシから生産するエタノールを10%混合するガソホール(E10呼ばれ、連邦消費税の一部が免除される)が中西部を中心に普及しており、販売量はガソリンの約13%(2000年)に達している。米国の昨年のエタノール生産は前年比で32%増の100億リットルに達しており、今後の拡大も急速だと考えられている。
 もともとブラジルではサトウキビからピンガと呼ばれる酒を造っていたが、こうした歴史を持つアルコールが、温暖化問題と原油価格の高騰を背景に代替エネルギーとして再び世界の注目を浴びている。
 ブラジルではサトウキビ農地は全耕地の10%以下に過ぎず、増産の余地は大きい。2010年には230億リットルに拡大すると予想され、ブラジルのエタノールが大豆や鉄鉱石のように世界を席捲する日も近い。日本ではエタノールの使用はどのように進展するのであろうか。