2004年2月23日記 

主導権争いが激化するFTAA交渉                  

神戸大学経済経営研究所長 西島章次

 2005年1月を交渉期限とするFTAA(米州自由貿易地域)は、南北アメリカを網羅し、キューバを除く34カ国が参加する13兆ドルの経済圏となる予定である。だが、既に交渉開始から10年近くを経過した最終段階に至り、米国とブラジルの対立が強まっており、予断を許さない状況だ。

FTAAライト
 ブラジルは、かねてよりFTAA交渉で米国の農業補助金と反ダンピング措置の撤廃を強く求めていたが、ルラ大統領となってからは反米姿勢がより鮮明となってきた。昨年9月のメキシコ・カンクンでのWTO(世界貿易機関)会議では、ブラジルがリードする形で発展途上国20カ国と連合し、先進国の農業補助金をめぐって会議を決裂させたことは記憶に新しい。
 しかし、わずか2ヵ月後、昨年11月のマイアミで開催された米州閣僚会議では、ブラジルはしたたかな戦術転換を見せた。農業補助金の問題はWTOなどで交渉すべきであるとする米国の主張を、ブラジルはあっさりと受け入れ、こうした対立項目に関しては全体の合意を必要としないことを米国とともに提案したのである。
 このような提案によってブラジルが大きく譲歩したといえるが、期限までのFTAA交渉終結に向けてブラジルが大きく貢献したことをアピールすると同時に、この提案には、米国が従来から主張していた投資ルールの制定と知的財産権の保護に関しても、全ての参加国の合意を条件としないことが含まれ、米国からも大きな譲歩を引き出したといえる。
 今後のFTAA交渉では、工業製品などの段階的な関税引き下げ交渉が中心となるが、交渉内容が実質的に大きく後退したFTAAは、清涼飲料やタバコに模して「FTAAライト」と呼ばれている。
 当然、既にNAFTA(北米自由貿易協定)に参加するメキシコとカナダ、米国とFTAを結んでいるチリは、FTAAからの十分な利益が望めないとして強く反発している。また、米国やブラジルの企業も、同様の懸念を表明している。
 ブラジルのルラ大統領は、対外政策においては2つの顔を持つ。1つは、2003年の財政黒字(政府債務返済分を除く)をGDP比で4.32%と、IMFとの取り決めを上回る比率を実現するなど、基本的に経済自由化路線を踏襲し、国際金融市場との友好的な顔である。
 だが、昨年1月の大統領就任以来、既に20回の外遊をこなし、発展途上諸国とは積極的な政治的連携を強めようとしている。あたかも、1970年代に盛んであった非同盟諸国運動の現代版を追及しているようであり、既にインドや南アフリカなどと協力協定を結んでいる。カンクンでのG21と呼ばれる途上国連合やFTAAでのリーダーシップはこうしたルラ大統領の、先進国と強く対峙するもう一つの顔である。

ラテンアメリカでの主導権争い
 ゼーリック米通商代表は、カンクンでブラジルなどを「やる気のない国」と表現したが、FTAAライトを受け入れた米国としては、今後は「やる気のある国」との2国間、サブリージョナルでのFTA(自由貿易協定)を進展させることで、FTAA交渉における主導権を握ろうとしている。
このため、米国はカンクン会議の後、急遽ゼーリックを中米諸国に派遣し、CAFTA(米国・中米自由貿易協定)合意に圧力をかけ、昨年12月にはグアテマラ、ホンデュラス、エルサルバドル、ニカラグアの4カ国とFTAを合意した。また、一時はCAFTA脱退を表明していたコスタリカとも今年1月に合意している。
 さらに米国は、既にエクアドル、ボリビアと非公式協議を開始し、ペルー、コロンビア、ドミニカ、ウルグアイとFTA交渉を開始すると伝えられている。ただし、反米的なベネズエラは交渉相手から除外されている。
 このような米国の戦略は、既にFTAを結んでいるメキシコやチリに加え、中米、アンデス諸国を2国間でのFTAで取り込むことによって、米国と対立するブラジルやベネズエラなどと分断することを意図するものである。同時に、2国間FTAで様々な項目を取り決めることは、WTO交渉での米国への反対を封じ込めることを意味する。
 他方、ブラジルも他のラテンアメリカ諸国とのFTAに動き出している。既にメルコスル(南米南部共同市場)はチリ、ボリビアを準加盟国としているが、昨年8月にはペルーとのFTAを調印し、また、マイアミ会議の後にベネズエラを含むCAN(アンデス共同体)諸国とFTA形成で合意している。実現すれば南米大陸のほぼ全域を網羅する自由貿易圏が形成される。
 さらに、今年1月には、メルコスルとEUとのFTA締結を今年5月に早めることが明らかにされたが、米国にとればEUとラテンアメリカ諸国とが近づくことは、FTAAの早期締結への新たな圧力となる。
 現在、米国とラテンアメリカ諸国との間には、FTAA以外にも多くの懸案事項が存在する。米国主導的の経済自由化の押し付けに対する反発に加え、イラク戦争、キューバ問題、米国への不法移民、コカイン、米国入国時の指紋押捺・写真撮影の問題など、ラテンアメリカの人々の反米感情は強い。また、アルゼンチンの対外民間債務のデフォルトに対し、米国が米国内のアルゼンチン資産を凍結したことへのアルゼンチン国内の反感は強い。
 冷戦終結後、一極支配を強める米国に対し、モンロー主義の復活と感じるラテンアメリカ国民も多く、ブラジルを中心とする米国との対立の構図が、FTAA交渉にも影を落とし始めたといっても過言ではない。