経済再建へ正念場のアルゼンチン

神戸大学経済経営研究所長 西島章次

 アルゼンチンでは、9月に入り、IMF(国際通貨基金)債務の返済期限の到来、民間債務リスケ案の提示、州知事選挙などが予定されており、一つの山場を迎える。
 アルゼンチンの今年前半のインフレ率は2.1%、第1四半期の成長率も前年同期比で5.4%と、通貨危機が生じた昨年に比べ、マクロ指標は改善している。為替レートも昨年6月の1ドル=3.9ペソから今年7月には2.9ペソにまで回復している。
 しかし、こうした良好な経済実績は債務の返済を停止していることに負うところが大きく、今後の経済状況はIMF債務の繰り延べ交渉の成否に大きく依存している。

難航するIMFとの債務交渉
 
アルゼンチンは、今年8月末までに返済期限を迎えるIMF債務に関して、去る1月にIMFから約30億ドルのスタンドバイ(包括的信用枠)の合意を取り付け、その返済に充当してきた。
 しかし、9月以降に返済期限を迎えるIMF債務については交渉が難航しており、現時点では合意を得られていない。9月9日にはIMF債務29億ドルの返済期限が到来するが、それまでにIMFとの交渉が成立しなければ、133億ドルの外貨準備を取り崩すか、IMF債務をデフォルトしなければならない。IMFからの支援は、民間との債務交渉の前提条件となることからも重要である。
 アルゼンチンは3年以上の中期的な金融支援を要求しているが、IMFが要求する財政規律の回復、金融システムの健全化、公共料金の引き上げ、経済活動促進のための法的整備などの改革に進展がみられず、交渉は難航している。
 交渉の焦点は2004年から3年間の利払い前の財政収支(プライマリー・バランス)にあり、アルゼンチンがGDP比で3%を上限としているのに対し、IMFは2005年、2006年に関して4%から4.5%を要求しているとされる。アルゼンチンにとれば社会的安定を維持するために譲れない数字であり、IMFにとれば今後のアルゼンチンの債務再編にとって不可欠な数字である。
 しかし、土壇場となってアルゼンチン側に進展が見られた。8月28日には、金融システムの健全化と中央銀行の権限拡大に関する2法案が成立した。これらの法案はこれまでIMFが求めていた措置であり、今後の債務交渉においてアルゼンチンの立場を有利にするとみられている。
 一方、対民間債務に関してもアルゼンチンはタフな態度を見せている。アルゼンチンの政府債務の約1546億ドルのうち、デフォルトに陥っているのは770億ドルに達し、金利減免や大幅な元本削減が避けられないとしている。日本で発行した1915億円の円建て債(サムライ債)も含まれる
 現地報道によると、9月23日にドバイで開催されるIMF・世界銀行の年次総会で債務再編案が発表されることになっており、債務元本を70%以上削減し償還期限を10年に設定するか、元本は維持するが償還期限を20年以上に延長するか、もしくは、GDPの伸び率に利率を連動した債券に借り換えするなどの案が検討されているようだ。
 こうした一方的ともいえる提案に対しは、日本を含む欧米諸国の投資家からの反発が予想される。
 
国内重視の現政権
 
アルゼンチン政府がこうした強硬な債務戦略をとる背景にどこにあるのであろうか。今年5月に就任したキルチネル大統領は、就任演説で「国民に貧困や社会対立を引き起こしてまで債務の返済はおこなわない」と表明。経済再建に関しては、公共事業主体の雇用創出など、国家の役割の重視を打ち出している。
 こうした路線は、メネム元大統領が推進した経済自由化とは明確に一線を隔するものである。メネム政権の経済政策が結果的にはペソの破綻とその後の経済危機をもたらしたことに対する国民の批判をかわすことが基本的な理由であるが、政敵であるメネム元大統領への対抗心の表れともいわれており、ポピュリスト的な政策への回帰が危惧されている。
 実際、6月にはIMFのケーラー専務理事を迎えた晩餐会で、キルチネル大統領がアルゼンチン危機にはIMFにも責任があると発言し、物議をかもしたことがあった。また、7月にスペインを訪問した際に、民営化に参加したスペイン企業を批判する発言を行い、スペイン側から強い非難を浴びている。
 経済政策においても、7月1日から短期資本流入に対して最低180日間は国内に滞留させる規制を導入したが、こうした資本市場への介入が経済危機からの回復に必要となる資本流入を阻害する危険性がIMFなどから指摘されている。
 一方で、国内においては、キルチネル大統領は、債務返済より経済成長を優先していることや、不正の続く司法への人事介入、軍政時代に人権を侵害した軍人を免責する法律を廃止するなどの政治的手法に国民からの高い支持率を得ている。だが、このような高い支持率を維持するには、9月の地方選挙で政権基盤を強めることが政治的な優先課題となっており、IMFが要求する国民に犠牲を強いる改革を実施しにくい状況である。
 9月9日の29億ドルの支払期限が迫っているが、こうした強気の債務戦略は果たして思い通りの結果をもたらすのであろうか。IMFは債務支払いの再開を目論んでいるが、アルゼンチン危機の責任の一端があると非難されていることから、あくまでも厳しい態度を貫くことが難しいかもしれない。今年1月にスタンドバイ支援を設定したように、今回もアルゼンチン救済に傾くのであろうか。        
(平成15年9月1日記)