動き出すチリと韓国のFTA

神戸大学経済経営研究所長 西島章次

 チリは世界でも貿易自由化が進んだ国として有名であるが、地域貿易協定に関しても先進国であり、数多くの協定に参加している。昨年には韓国、EU、米国とそれぞれ2国間での地域貿易協定の合意に達し、チリの地域主義はアジア、ヨーロッパへと外延的な展開を見せている。
 とくにチリと韓国とのFTA(自由貿易協定)は、韓国にとって最初の協定であり、同時に太平洋にまたがる初めてのFTAであることから、アジア太平洋地域における地域主義が新しい段階に入ったことを意味する。

チリの地域主義の進展
 チリは、80年代より積極的に貿易自由化を展開し、ユニラテラルな形で関税を引き下げてきた。91年には11%という低率となり、他の中南米諸国と比して圧倒的に市場開放が進んだ国となった。しかも、98年からは毎年1%ずつ引き下げ、今年1月1日には6%となっている。
 しかし、GATT・WTO体制のもとでマルティラテラルな関税交渉が遅々として進展しないなか、チリ一国のみが関税を引き下げることは、国内の構造調整を進展させるものの、貿易相手国の関税引き下げを獲得できないという問題があった。
 このため、チリは、FTAなどの地域的な協定によって貿易自由化の利益を確保することになった。チリは早くから単一関税を採用しており、いずれの産業も保護されておらず、FTA交渉時にセンシティブとなる産業が存在しないこともその理由であった。
 まず、80年のモンテビデオ条約によって制定されたALADI(ラテンアメリカ統合連合)の条項を活用し、1990年代にはメキシコ、メルコスール諸国などと実質的なFTAである経済補完協定(ECA)を結んだ。さらに、1997年にはカナダと、1999年にはメキシコとFTAを発足させ、2002年にはコスタリカ、エルサルバドルとのFTAが発効している。
 2003年には、EU と連合協定、韓国、米国と2国間のFTAが発効する予定であるが、とくに韓国とのFTAは、これまで希薄であった両国間の貿易拡大のみならず、アジアとラテンアメリカを結ぶゲートウエイとして機能し、両地域間の貿易・投資が拡大すると考えられている。
 チリは、既に中国、ニュージーランド、シンガポールとの交渉も開始しており、一次産品の強い競争力を背景として、アジアをターゲットとするFTA戦略をいっそう展開する様相である。

韓国へのFATの影響
 チリと韓国のFTAは、今年2月15日に調印済みで、数ヶ月以内に予定されている両国の批准を待って発効する。貿易に関する取決の他、サービス取引、知的所有権、政府調達、紛争処理メカニズムに関する取決を含む。韓国にとれば、日本、メキシコ、シンガポール、東南アジア諸国などとの今後のFTAの足がかりとなるものである。
 FTAが動き出せば、両国は貿易品目の約95%について10年以内に関税を撤廃することになる。韓国の輸出に関しては、自動車、コンピュータ、携帯電話など2300品目の関税が直ちに撤廃される。残りの自動車部品、石油化学製品など2100品目の関税は5年後を目処に撤廃する。
 輸入に関しては、銅地金を除く全ての工業製品と、配合飼料・小麦など224品目の農産品の関税の即時撤廃が予定されている。チリ産のグレープには向う10年間季節関税が賦課され、その他の桃、キウイ、豚肉などは10年以内に関税撤廃の予定となっている。
 2001年の両国の貿易額は12億7000万ドルであるが、韓国貿易投資振興公社(KOTRA)は「FTAによってチリへの輸出が毎年5%から10%拡大する」としている。
 しかし、今回のFTAでは、米、りんご、梨、洗濯機、冷蔵庫など70品目が例外品目となるなど、残された課題も多い。金融部門に関する取決も除外され、農産品に関してはセーフガードの発動を認めている。同時に、韓国では農民たちにFTAに対する反対が強く、昨年11月13日には大規模な集会がもたれるなど、抗議行動が頻発している。こうした農業部門への対応も課題として残されている。
 このため、韓国内では実質的な効果は期待できないとの論調も多い。両国の経済関係は緊密ではなく、FTAの締結による影響が少ないからこそ韓国政府がFATに踏み切ったのであり、むしろ、世界中に地域主義が台頭するなかで、韓国だけが取り残される政治的損失を避けることに目的があったとする意見も多い。
 したがって、現時点ではどのような効果が見込まれるかは不明であるが、少なくとも、チリの国内市場において、韓国企業や韓国からの輸出が、日本などチリとFTAを結んでいない諸国と比して有利な立場となることは間違いない。
 日本から見れば、米国やEUとFTAを結んでいるメキシコの国内市場で生じていることと同様に、地域協定に加盟していないことからの損失を被ることになる。いずれにせよ、太平洋にまたがる初めてのFTAであることの意義は大きく、今後のわが国の地域統合戦略への影響は大きいと考えるべきである。