混迷深めるアルゼンチン経済

神戸大学経済経営研究所長 西島章次

 アルゼンチンは昨年末に一四一〇億ドルに達する公的対外債務のデフォルトに陥り、以後、深刻な経済危機が引き続いている。このため、国際機関に対する債務繰り延べについてIMF(国際通貨基金)と交渉を続けてきたが、依然として合意のめどは立っていない。
 しかも、去る一一月一四日には、返済期限が到来した世界銀行への債務八億五百万ドルを返済不履行としたことから(金利分は返済)、事態はいっそう悪化することとなった。
 いまやアルゼンチンは、イラク、ジンバブエ、リベリアなど世銀債務を返済しなかった数少ない国々に仲間入りすることとなり、国際的信用はいっそう低下した。
 アルゼンチンは、IMF、世界銀行、米州開発銀行などの国際機関から三三〇億ドル余りを借り入れており、今後もIMFとの合意が成立せず、これらの返済がなされなければ事実上の破綻国家となり、国際金融市場への影響が危惧されることになる。

難航するIMFとの交渉
 昨年末より国際金融市場で孤立しているアルゼンチンにとっては、IMFや世銀などは最後の命綱であり、これら国際機関に対しては返済を続けてきた。だが、今回の返済不履行となった世銀債務は、猶予期間の三〇日を過ぎても返済されなければアルゼンチンへの新規案件が承認されず、さらに六〇日以内に返済されないと既に承認済みの融資案件(約二〇億ドル)のディスバースも停止される。
 今年のアルゼンチン経済は、マイナス一五%の成長率となる予想されており、失業率は二二%に達し、国民の五〇%が貧困状態にあるとされている。世界銀行からの融資のうち一八億ドルが貧困対策として重要な役割を果たしているだけに、貧困層に対して今回の世銀に対するデフォルトは深刻な影響を与えかねない。
 にもかかわらず世銀債務の返済不履行をアルゼンチンが選択したのは、IMFとの交渉を有利にするためとの観察が一般的である。アルゼンチン政府は「債務を全額返済すれば、IMFが金融プログラムの安定に必要としている九〇億ドルの外貨準備を割り込むことになる」(アタナソフ首相)として、IMFとの合意が成立しなかったことが、世銀債務の返済不履行の原因であるとしている。
 これに対し、IMFのケーラー専務理事は、「危機に陥った国でも自ら責任を果たすことは不可避である」と、IMFとの合意の遅れを世銀への返済不履行の理由とするアルゼンチンを批判している。
 こうした応酬は、それぞれの苦しい立場を反映している。IMFは、昨年八月に実施したアルゼンチンへの緊急融資八〇億ドルが、結局はアルゼンチン危機の回避に結びつかず、モラルハザードを助長しただけで、資金の無駄使いだったという強い批判を受けている。
 このためIMFは安易に妥協せず、アルゼンチンの経済改革が確実に実行される保証を取り付けるためにタフな交渉を続けてきた。しかし、交渉の決裂によってアルゼンチンを破綻国家に追いやり、国際的な金融不安を引き起こすことは避けなければならない。
 一方のアルゼンチンにとれば、交渉成立のためにIMFが要求する厳しい緊縮政策を受け入れれば経済状況はいっそう悪化し、政権の維持は不可能となる。もちろん、合意が成立せず返済繰り延べが実現しなければ、いずれ経済が破綻することは避けられない。

交渉進展を阻む政治的混乱
 しかし、アルゼンチンが世銀債務を返済しなかった後も、IMFは一一月二二日に返済期限を迎えた自らの融資一億四一〇〇万ドルについて、一年間の返済繰り延べを承認し、あくまでもアルゼンチンを支援する姿勢を見せている。
 他方、アルゼンチン政府も同月二五日より、当座預金と普通預金の引き出し制限を解除し(定期預金は除く)、柔軟な対応を見せている。さらに、ラバニャ経済財政相は、IMFが要求する公共料金の引き上げを検討しているとも伝えている。
 だが、互いに歩み寄りの姿勢を見せているが、アルゼンチン国内の政治的状況を勘案すると、IMFが求める経済改革が年内に完了する見込みは少なく、年度内に交渉が合意する可能性は低いといえる。
 ドゥアルデ現大統領は、昨年末の暴動による大統領の交代劇の後、議会によって指名された大統領であり、あくまでも暫定政権という性格が強く、その政権基盤は脆弱である。このため同大統領は、任期満了以前の来年五月に政権交代することを表明し事態の収拾を図っているが、依然として政府内部での対立が続き、経済改革の遂行を阻んでいる。
 さらに与党正義党内でのドゥアルデ現大統領とメネム前大統領との確執が政権基盤を弱めている。一一月一八日には、アルゼンチンの連邦政府、州知事、各政党の代表などが集まり、財政赤字削減などIMFとの合意を尊重する協定に調印したが、サルタ、ラリオハなどメネム派の州知事が協定への調印を見送ったとされている。
 また、一八日にドゥアルデ大統領が来年三月三〇日に予定されていた大統領選挙を四月二七日に延期したことに対しても、大統領への返り咲きを狙うメネム氏が「ドゥアルデ派が大統領選挙の有力候補を探すための時間稼ぎだ」と非難したと伝えられている。
 しかし、こうした与党正義党内部での政治的混乱は、今後のアルゼンチンの行く末に暗雲を投げかけるものである。IMFも、大統領選を控えた政治的混乱によって財政緊縮などの経済改革が進展しないことを強く危惧している。次期政権がどのような政権になろうとも、政治的状況が改善しない限り政権は弱体で、アルゼンチン経済が真の回復を実現することは望めない。
                           (二〇〇二年一二月二日記)