IMFがカギを握るアルゼンチン経済の今後   (三月一〇日記)

神戸大学経済経営研究所教授 西島章次

 周知のように、アルゼンチンは昨年一二月に経済破綻したが、今年に入り一ドル=一ペソのドルペッグ制から変動相場制に移行し、経済再建への道を歩み出した。しかし、多くの課題を抱えるアルゼンチンが経済再建を実現できるかどうかは、IMF(国際通貨基金)の対応に大きく依存している。
 だが、IMFはディレンマを抱えている。アルゼンチンの経済再建計画が十分でないと判断し支援融資を認めなければ、アルゼンチン経済はいっそう深刻化する。反対に、現在の危機的状況に対し融資を行ったとしても、持続的成長を保証するものでもない。いずれの場合もIMFは非難される。

変動相場の見かけ上の落ち着き
 一月九日から実施された為替相場は、いわゆる二重為替相場であった。貿易取引には四〇%切下げられた固定相場が適用され、市中の両替所などの為替取引には変動相場が適用された。しかし、二重相場制はそもそも維持可能な制度ではなく、為替相場の一本化は時間の問題であった。
 二月一一日には二重為替相場が廃止され、変動相場制がスタートした。為替レートの急落が危惧されたが、初日は大きな混乱もなく一ドル=二・一五ペソで取り引きが終了した。以後、現時点までペソは一ドル=二・〇〜二・三ペソ近辺で落ち着いている。
 しかし、こうした為替レートの小康状態は、厳しい為替管理の結果に他ならない。預金引出制限、市中銀行が保有するドル現金の中銀による集中管理、両替業務を両替所に限定すること、貿易決済・海外送金の事前許可制など、様々な為替管理が続いている。
 アルゼンチンの市場関係者は、現在のレートは過大評価で潜在的なペソ売り圧力は強いとみている。為替管理が廃止されれば為替レートの急落は避けられない。だが、このまま預金引出制限などを続ければ市民の不満は限界に達し、為替管理を長期間続けることはできない。
 アルゼンチン政府は、こうした事態から抜け出すには二〇〇億ドル相当の融資が必要であるとし、IMFなどに救済融資を求める方針だ。二月一二日にレメス経済財政相は、オニール米国財務長官、ケーラーIMF専務理事と会談したが、IMFの支援再開の日程に関する合意は得られなかった。

注目されるIMFの対応
 現在、既に合意されているアルゼンチンへのIMFの融資枠のうち、九〇億ドル分が残されているとされるが、昨年末から融資は止まったままだ。IMFの調査団が三月六日からアルゼンチン入りし、経済政策の詳細を調査しているが、IMFが問題とするのはペソ化に伴う措置と、二〇〇二年度の政府予算である。
 変動相場への移行によって為替レートが切り下がれば、民間が有する債務契約の八〇%がドル建てであることから、家計や企業が深刻な打撃を受ける。このため、ドル建て債務を保有する債務者の保護が必要となり、ドル債務を一ドル=一ペソの比率でペソ建て債務へと転換し、他方、ドル建て預金は一・四ペソでペソ建てに転換することになっている。
 だが、こうした措置は銀行に巨額の損失をもたらす。銀行にとっての資産(貸出)には一ドル=一ペソが適用されるのに対し、負債(預金)には一ドル=一・四ペソ以上のレートが適用されるため、ペソで計れば大きな損失となるからである。現地報道では、金融機関の損失は二〇〇億ドルに達するといわれている。
 したがって、多くの金融機関の閉鎖、統廃合が予想され、場合によれば深刻な金融危機を招く事態となる。現実にも、既に最大手のガリシア銀行が、景気後退と切下げによる対外債務拡大で経営が破綻し、中央銀行に債務免除などの救済策を要請する事態となっている。
 政府は、金融機関の損失を国債で補填することや、石油輸出税の導入による財源で救済することを検討しているとされる。しかし、前者は財政赤字を拡大し、後者は外資企業に大きな負担を強いることになる。IMFは、こうした金融・産業界に大きな負担を押し付けるやり方を持続的成長の観点から疑問視している。 
 いま一つIMFが問題視するのは、非現実的な二〇〇二年度の府予算案である。二月五日に発表された同予算案は、経済成長率をマイナス四・九%、インフレ率を一五%、昨年と同レベルの税収を前提として作成されており、財政赤字は三〇億ペソ(昨年は約一〇〇億ペソ)に抑えるとしている。国連ラテンアメリカ経済委員会の予想では、今年のアルゼンチンの成長率はマイナス七%であり、IMFはこのような非現実的な予算案の改善を求めている。
 市場の予想では、アルゼンチン政府がIMFの要求するプログラムを作成するには時間がかかるため、交渉が再開され合意が成立するには数ヶ月を要するとしている。ただし、財政赤字の重要な要因であった各州への資金移転に関し、二月二七日に中央政府と各州の間でその減額について合意が成立したことは、交渉に向けて一歩前進したことを意味する。
 また、三月八日に世界銀行がアルゼンチンに対し、医療や教育分野に約一億ドルの緊急融資を決定したが、デフォルト以来初めての国際機関による支援融資であり、好材料であるといえる。
 いずれにせよ、アルゼンチン政府としては、救済融資が実現しなければ、預金引出制限を緩めることはできず、市民の抗議行動を静めることもできない。また、為替レートの安定、成長と雇用の回復、銀行危機の回避など、いずれも自力では解決できない状況となっており、今後IMFがどのような支援策を打ち出すかが注目される。