高まるラテンアメリカ諸国の金融不安

西島章次(神戸大学経済経営研究所教授)

 世界同時不況が危惧されるなか、アルゼンチンなどラテンアメリカ諸国の金融危機への懸念が再び高まっている。しかも、九月一一日の同時多発テロがもたらす米国経済への影響いかんによっては、予断を許さない状況となっている。

信頼得られぬアルゼンチン経済

 アルゼンチンでは、国内総生産(GDP)の四四%、約一三〇〇億ドルの政府債務(うち対外債務は九〇〇億ドル強)を抱え、過去三年間におよぶマイナス成長から、政府債務のデフォルトが懸念される事態となっている。
 昨年一二月にはIMFなどと緊急融資を取り決めた他、今年四月には経済財政相にカバーロ氏を再登板させ、六月には総額二九五億ドルに達する政府債務の長期債務への借り換えを実施するなど、当面のデフォルト回避に努めてきた。
 だが、七月一〇日に実施された国債入札の不調を契機に再びデフォルト懸念が高まり、七月だけで外貨準備が六七億ドル減少し、八月初めには一七〇億ドルにまで低下した。このため、アルゼンチン政府は公務員給与や年金支給額削減を含む包括的な財政緊縮策を実施することになったが、市場の反応は鈍いものであった。
 アルゼンチン経済への信頼が回復しない状況に対し、IMFは、八月三日、同国に対して設定している一三四億ドルの融資枠のうち、一二億ドルを前倒しすることを表明。しかし、同時に発表されたブラジルへのスタンド・バイ一五〇億ドルと比してあまりに小額の前倒しであったため、市場は 混乱回避に不十分と判断、かえってアルゼンチンの資金流出は拡大を続けた。
 事態を重く見たIMFは、八月二一日、既に合意済みの一三四億ドルに加え、さらに八〇億ドルを追加することを決定。追加融資額のうち三〇億ドルは政府債務のリストラが条件となるが、残りの五〇億ドルはすぐに実行可能とされる。今年の予定返済額が約四〇億ドルであることから、追加融資のうちの五〇億ドルと、前倒し融資の一二億ドルと合わせれば、当面のデフォルト危機は遠のいたことになる。
 今後の焦点は、財政均衡が確実に実行されるかどうかにあるが、今年一〇月には国会議員選挙が予定されており、厳しい政策は取りにくい。とくに公務員の賃金カットには抵抗が強く、連日、デモやストライキが繰り返されている。八月二二日にデラルア大統領は、保守勢力の抵抗が必至とみられる改革に関し、この一〇月にも国民投票を実施する意向を表明したが、内外にむけて財政健全化への国民の支持をアピールしたい考えからだ。
 アルゼンチンにとって、デフォルト、ドル化、切り下げ、いずれも現実的な解決方法ではない。結局、リスケの繰り返しという方法が模索されるであろう。しかし、これも当面の危機の回避であり、根本的解決ではない。しかも、今回の米国でのテロのような突破的な事件で急激な資本逃避が始まるとすれば、こうしたシナリオは絵に描いた餅となる。

ブラジルへのIMF支援

 今回のラテンアメリカの金融不安で注意すべきは、IMFがアルゼンチン発の近隣諸国への危機の伝播に対し、事前の予防的措置をとっていることである。アルゼンチンへの追加融資と同時に発表されたブラジルへの支援融資は、九月一四日の理事会では一五五億ドルで承認されている。アルゼンチンはともかく、ブラジルで金融危機となれば、国際金融市場への影響は計り知れないからだ。
 こうした予防策の背景には、これまで好調であったブラジルも今年に入りリスクが高まってきたことがある。昨年の経常収支赤字二四六億ドルは、堅調な直接投資流入三〇五億ドルでまかなうことができたが、今年の直接投資の予想は約二〇〇億ドル程度に過ぎない。
 また、米国の景気後退、アルゼンチンの余波、電力不足などで輸出が伸び悩み、貿易収支赤字が拡大している。経常収支赤字も七月時点で一五三億ドルに達し、このままでは今年の対外債務返済が困難となる可能性が高い。
 カルドーゾ大統領も、新開発相の就任式でブラジルの独立宣言「独立か死か」をもじり「輸出か死か」と檄をとばすなど輸出拡大にやっきとなっているが、現実にはレアルが売られ、為替レートは年初に比して実に三〇%近い切り下げとなっている。
 このような状況で、万一アルゼンチンでデフォルトとなれば、ブラジルへの資金流入が途絶え、対外債務の返済に支障をきたすことは必至である。この意味でIMからの支援はブラジルへの危機の伝播を防ぐに不可欠であったといえるが、他方でIMFや米国がいかにブラジルの危機回避を重視しているかを窺わせる。
 ところで、ここで新たに登場してきた懸念材料が米国同時テロの影響である。ブラジルではテロ事件の翌日に株式市場が開かれたが、九・二%の暴落で九九年一〇月以来の底値となるなど、事件後ラテンアメリカ諸国では株式や為替市場が大きく動揺している。
 週明け一七日に再開された米国市場でも、やはり取引開始直後から全面安となりダウ平均株価は六八四・八ドル安で約二年九か月ぶりに九〇〇〇ドルを割った。IT不況から景気後退局面に入ったと考えられるだけに、今後の米国経済の展開がラテンアメリカ諸国の金融不安に与える影響が危惧される。

(九月一八日記)