サンパウロ州立銀行の民営化−サンタンデール銀行が高額で落札−
神戸大学経済経営研究所教授 西島章次
昨年(二〇〇〇年)の一一月二〇日、サンパウロ州立銀行(バネスパ)を民営化する入札が実施され、スペインのサンタンデール銀行が落札した。昨年ブラジルで実施された最大の民営化であった。
バネスパは、九〇年以上の歴史を誇り、資産額でみて業界第六位を誇るブラジルの名門銀行であるが、八九年から九四年にかけての政治的な資金流用(州政府への貸し付け)によって経営が悪化し、九四年末から中央銀行の介入下にあった。
九七年末には、連邦政府がバネスパの議決権株の五一%を取得しその支配下に置くとともに、リストラや債務処理をおこない民営化への準備を進めていた。しかし、民営化に反対する政治的圧力が強く、民営化のための入札が遅れていたものである。
突出したサンタンデールの入札額
当初、外資系銀行や地場銀行など九行が入札に参加すると予想されていたが、最終的にはブラデスコ(民間銀行で第一位)、ウニバンコ(同第三位)、サンタンデール(同第七位)の三行の競争となった。サンタンデールの落札額は約三六億ドルで、政府が設定した最低入札額の九・五億ドルを大きく上回る額であった。競争相手のブラデスコが九・六億ドル、ウニバンコが一〇・七億ドルで、その落差が話題となった。
事前の予想では、バネスパ取得によって民間銀行のトップの座を狙う第二位のイタウ銀行と、それを防戦するブラデスコの戦いと見られていた。しかし、当日になってイタウが入札を降りたため、ブラデスコは低い価格で応札したと見られている。こうした状況でサンタンデールがかけ離れた額で入札した理由は明らかではないが、高い買い物となったかどうかは今後に依存している。
バネスパ取得によりサンタンデールは、ブラデスコ、イタウに次ぐ第三位の民間銀行となる。バネスパが保有する約一四八億ドルの資産、二八〇万人の顧客を入手し、サンタンデールは総資産三〇〇億ドル、預金九五億ドル、七〇〇近い支店網を有することになる。
これまでサンタンデール・グループはラテンアメリカで積極的な戦略を展開しており、既にラテンアメリカで最大の銀行となっている。ラテンアメリカの主要一二カ国で二二〇〇万人の顧客を有し、そのマーケット・シェアは一〇・四%に達する。
サンタンデールは、ブラジルにおいても、九七年にジェラル・ド・コメルシオ銀行を買収しリテール部門に参入、翌年ノルエステ銀行、昨年にはメジオナル・グループを買収しているが、巨大銀行がひしめくブラジルでは第七位に甘んじていた。
外銀がシェアーを拡大するためには、既存銀行を買収し、既存銀行が有するいわゆるフランチャイズ・バリューを入手するのが手っ取り早い。業界第六位の資産規模のバネスパはブラジルで最も豊かなサンパウロ州(チリの経済規模の約二倍)を中心に支店網を張り巡らしており、戦略的に不可欠なフランチャイズ・バリューを有しているといえる。ラテンアメリカで更なる制覇をめざすサンタンデールにとって、手薄であったブラジルでの経営基盤を強化することになる。
サンタンデールの大きな賭け
しかし、サンタンデールにとって今後の展開はそれほど楽観的ではないともいわれている。現に、落札直後に本国スペインでサンタンデールの株価が六・八%下落した。また、入札直前になって五つの外銀が入札を断念したことは、バネスパ買収はリスクが大きく十分な利潤を生み出さないと判断したからに他ならない。
そもそもブラジル国内ではバネスパの民営化に反対する声が強い。地元有力紙によると、入札直前の調査では六三%の市民が民営化に反対、外国銀行による民営化には八三%が反対しているという。
当然バネスパの従業員からの反発は強く、銀行労組は入札直後のストライキは撤回したものの、約二万一千人の従業員のうち一万人がリストラされるとして対立姿勢を弱めていない。サンタンデールは、これまでに買収してきた銀行で約四五%を人員整理したが、バネスパに関しても同様に厳しいリストラが可能かどうか、大きな試金石となっている。
また、バネスパの機能を正常に戻すため、多額の支出が必要であるとされる。バネスパが従業員の社会保障費に関し約七億七千万ドルの未払い分を抱えていること、中央銀行の管理下にあったため情報化などの近代化が遅れ、このために五億ドルの投資を必要とすることなどである。また、隠された不良債権の可能性も取りざたされている。
さらに、今回のバネスパ取得でサンタンデール・グループは、本国を含む全体のビジネスの四〇%をラテンアメリカに依存することになる。ラテンアメリカが不安定な地域であることから、米国のレーティング機関がサンタンデールの調査を開始したとも伝えられている。昨年後半になってアルゼンチンでは資金流出が続き、IMFへの緊急融資を要請とするなど、ラテンアメリカの火種は尽きない。
確かにブラジルなどのラテンアメリカ諸国の潜在的成長性は疑うべくもない。だが、グローバリゼーションのもと、持続的に経済発展する保証もない。ラテンアメリカに賭けるサンタンデールは、成功すればラテンアメリカ全体を掌握し高い利潤を獲得することができるが、同時にラテンアメリカの不安定性という高いリスクをも背負うことになる。
こうしたサンタンデールのアグレッシブな戦略を日本の銀行はどのように見ているのだろうか。少なくとも日本の銀行にはそのような戦略を取れない状況にあるし、その能力もないことは確かである。