三選を果たしたフジモリ大統領の二つの顔

神戸大学経済経営研究所教授 西島章次

 ペルーの大統領選挙は、四月の第一回投票では、フジモリ氏が四九・八四%、対立候補のトレド氏が四〇・三一%の得票率で、いずれも過半数に達せず決選投票となった。しかし、得票集計に不正があったとして、米州機構(OAS)の選挙監視団やトレド陣営が決選投票の延期を訴えるなど、決選投票の行方が注目されていた。
 これに対し、フジモリ大統領はあくまで選挙の正当性を主張し、トレド氏が出馬をボイコットするなか、予定通り五月二八日に決選投票を実施。結果は、フジモリ氏が有効投票の七八%、全投票数の五一%を獲得し、三選を果たした。
 しかし、内外からその正当性が問題視された透明性を欠く選挙であり、選挙で勝利はしたものの改めてフジモリ政権の強権的体質が印象づけられることとなった。

フジモリ政権の二面性
 そもそも今回の大統領選挙には、フジモリ政権の強引な政治手法に対する不満が鬱積していた。憲法では「再選は一度」と規定されているにもかかわらず、フジモリ大統領の初当選が憲法改正前であったことを理由に、二度の再選を合憲とする解釈法を議会で承認させ、三選出馬を可能にしたという事情があった。
 さらに、この解釈法をめぐる憲法裁判で、議会の判断は合憲であるがフジモリ大統領のケースには適用しないとする判決が出されたが、これに賛成票を投じた判事三名を更迭したことなど、フジモリ大統領の三選に向けての強硬姿勢が批判されていたといえる。
 強権的なフジモリ大統領を、ベネズエラの著名な政治学者であるモイセス・ナイムは、「ポスト・モダンの権威主義者」と呼んでいる。かつての軍事政権と異なり、投票による選挙制度、三権分立、民間メディアの存在など民主主義の形式要件は満たしているが、常に軍部と密接な関係にあり極めて権威主義的である政治スタイルを評したものである。
 フジモリ大統領は、九二年四月には「アウトゴルペ」と呼ばれる自らのクーデターを起こし、憲法停止と新政権の樹立よって大統領権限を強化している。さらに、国家諜報機関による敵対勢力への弾圧なども指摘されている。
 他方、このような政治手法のもとで、輝かしい経済的・政治的成果を実現したことも事実である。フジモリ大統領が就任した九〇年は、左翼ゲリラが山間部を支配し、ハイパー・インフレ、対外債務による経済危機と、ペルーは最悪の状況にあった。
しかし、左翼ゲリラ活動を沈静化させ、またネオリベラリズム(新経済自由主義)に基づく貿易自由化、民営化を果敢に実施し、ガルシア政権下で失墜していた国際的信用を回復するなど目覚しい成果を挙げたことは評価すべきである。昨年も他のラテンアメリカ諸国が軒並みに低成長に見舞われるなかで、ペルーは三・八%の成長率を実現した。
 こうしたフジモリ大統領が示す、民主主義の衣をまといながらも極めて権威主義的である政治手法は、独自の制度的・社会的構造のなかでグローバリゼーションに翻弄されるラテンアメリカ諸国における新しい政治スタイルの台頭を暗示している。
 ベネズエラのチャベス大統領も同様の手法で政治体制を変革し、大統領の権限強化を図っている。ペルーの大統領選挙に対して、もっとも強くフジモリ支持を打ち出したのもチャベス大統領であった。

困難が予想される三期目のフジモリ政権
 他方、権威主義的なアンデス諸国の動きを憂慮する米国は悩ましい立場に立たされている。決戦投票に先立ちOASの選挙監視団が引き上げたことや、トレド候補が辞退したことなどから、米国は選挙結果を不正とみなし経済制裁を仄めかしていた。
 確かに、フジモリ大統領が予定通りの決選投票を強行した一つの理由として、強いフジモリ人気が挙げられる。ペルーの有力な民間調査機関アポヨの事前調査では、単独選挙が合法的とする者は五六%、違法とする者は三九%であった。
 だが、フジモリ大統領は米国の微妙な立場を十分に織り込んでいたともいえる。ペルーは米国にとって重要な貿易・投資相手国であるだけでなく、麻薬対策をペルーと協力しなければならない立場にあり、むやみな制裁はコカ生産が拡大するという事情があるからだ。
 結局、米国の意図に反し、決選投票直後にカナダで開かれたOAS総会では、米国の内政干渉を警戒するブラジルなどの主要国が制裁に消極的であったこともあり、フジモリ政権制裁の決議は出されなかった。むしろOAS総会では、ペルーの民主主義強化のために事務総長とカナダ外相によるミッションを派遣することが決定され、今回の大統領選挙を暗黙裡に認める結果となった。
 しかし、こうした政治スタイルを続けることができるかどうか不明である。ラテンアメリカにおいては、ネオリベラリズムの進展とともに、貧困問題や環境悪化の問題のみならず、先住民の権利、女性の人権、地方分権化などの新しい問題への関心が高まっており、政治的開放と政治参加への要求が急速に強まりつつある。インディオの血をひくトレド候補が、国民の大多数を占める貧困な先住民を支持基盤としてここまで台頭してきたことも一つの現れである。
 こうした趨勢のなかで、フジモリ大統領にとって三期目はこれまでの政権のなかで最も苦しい政権運営となることは必死である。今後、強権的な政治手法や人権問題などに対し、国内の抗議運動や国際的批判的が高まることが予想され、四面楚歌のなかで、財政改革などの厳しい経済運営とより開かれた民主主義の要求に答えなければならない。