IMF緊急融資はブラジルの通貨危機を回避するか

神戸大学経済経営研究所教授 西島章次

昨年八月のロシア危機を契機として、ブラジルは通貨アタックに見舞われた。ブラジルが通貨危機となれば、アルゼンチンなどの近隣諸国のみならず、ブラジルに多額の投資を行っている米国にも多大な影響を与えるため、ブラジルの通貨防衛は世界的な関心事であった。

ブラジルでは資金流出が続き、九月だけで二一五億ドルの外貨準備が失われた。その後ペース・ダウンしたものの流出が続き、昨年四月のピークの七四七億ドルから一一月には四一二億ドルにまで低下している。このため、ブラジルは昨年末にIMFに駆け込むこととなったが、先行きは不透明である。

厳しい財政緊縮

通貨アタックに対して、ブラジル政府は九月一〇日に基準金利を年率で四九・七五%に引上げるとともに、一〇月二八日には九九年から三年間の抜本的な財政緊縮計画を発表した。例えば、今年は歳出カット、公務員年金改正、行政改革、小切手税・社会保障税などの増税で、実にGDPの三・〇八%に相当する財政引き締めを目指している。

 ブラジルへの通貨アタックの背景として、九四年以来の「レアル計画」のもと、インフレ抑制策として為替レートを実質的にドル・ペッグしているため、為替の過大評価が引き続き、ここ数年来、貿易収支赤字が悪化している問題がある。財政緊縮化は、こうした対外不均衡の改善と、IMFとの緊急融資の合意を取り付けるために不可欠であった。

しかし、財政緊縮政策の多くは議会での承認が必要である。昨年末の時点で、社会保障税の引上げ、年金制度改革の大枠などが議会を通過しているが、公務員年金からの社会負担金徴収に関する改正は下院で否決され、また増税額が最も大きい小切手税引上げも依然として持ち越されている。

 一一月一三日のIMFとの合意内容では、IMF、国際機関、各国政府より総計で四一五億ドルがブラジルに融資される。IMFからは一八〇億ドルが融資され、世銀・米州開銀からそれぞれ四五億ドルづつ、BIS、先進国政府などから一四五億ドルの追加融資がなされる。ただし、その後、予定される融資額は当所の合意に比べ若干増えている。

 現地の報道によれば、既に一二月一四日にIMFより四七・九億ドル、一六日にBISより四一・五億ドル、日本銀行より三・九億ドルが引き出されたようである。

 緊急融資のブラジル側の主要な約束事項は、国債の利払いを含めない財政収支をGDP比で、九九年に二・六%、二〇〇〇年に二・八%、二〇〇一年に三%の黒字とすることであるが、為替レートを大幅に切り下げないとの条件が付けられており、為替レートのペッグによってインフレを抑制しているブラジルの特殊性を勘案したものと考えられる。

 ブラジルはソフト・ランディングするか?

確かに、緊急融資が当面の通貨危機を防ぐことは間違いない。しかし、ブラジルが通貨危機を防ぎきるかどうかは予断を許さない。

これまでのIMFの経済調整策の基本メニューは、為替レート切下げと財政緊縮政策の組み合わせであった。しかし、為替レートを動かせないとすると、もっぱら財政緊縮のみに頼らなければならない。国内均衡と対外不均衡の二つのマクロ不均衡の改善に対し、政策手段が一つ足りない状況である。為替レート切下げが使えなければ、いっそう厳しい経済の引き締めが要求される。今年の極めて厳しい景気後退が危惧される所以である。

こうした状況に対し、保護、低金利、補助金を求める開発主義派からの要求が高まっている。昨年暮れには、サンパウロ工業連盟会長が統一労働者同盟を訪問、経済政策に対する抗議行動への共闘を呼びかけたが、前代未聞の出来事であった。また、今年一月六日には、ミナス州知事が財源不足を理由に連邦政府に対する約一五〇億ドルの債務について九〇日間のモラトリアムを宣言した。背景に、景気低迷による税収不足があるが、財政緊縮政策への政治的反発という側面も否定できない。

政治的圧力が強まり、IMFとのコンディショナリティーが遵守できない事態となると、緊急融資は順調にディスバースされなくなる。そうなると、市場の信任は得られず、再び通貨アタックの危険にさらされることになる。

他方、A・T・カーニー社の最近の調査では、ブラジルは世界で二番目に有望な直接投資先(因みに日本は十九位)であるとされる。直接投資は九七年にネットで一七〇億ドルが流入し、九八年(一一月まで)でさえ二三四億ドルが流入した。また、民営化も順調で九八年の売却額は三七〇億ドルに達し、今年は二〇〇億ドルが見込まれている。政府は、厳しい政治的状況の中でも、柔軟に対処しており、あの手この手で財政赤字を減少させようとしている。例えば、一二月三〇日には追加的財政政策が発表され、六七億レアルの歳入の増加を図る。金融取引税、テレブラス売却益の前倒し支払い、法人税の引き上げ、歳出削減などである。

こうしたブラジルのしたたかさを見ていると、このままソフト・ランディングするといっても不思議ではない。しばらくは、目が離せない状況である。