インフレ沈静で銀行業界に再編の波:ブラジル
神戸大学経済経営研究所教授 西島章次
今年は、最初のブラジル日系移民が笠戸丸で移住してから九〇周年を迎え、六月にはサンパウロで記念式典が催された。周知のように、今日のブラジルでは日系社会が各方面で重要な役割を担っているが、こうした日系社会の発展を支えてきたのが日系人によって設立されたアメリカ・ド・スル銀行(通称「南米銀行」。九六年の総資産で二五位前後の中堅銀行。富士銀行の資本参加あり)であった。
しかし、今年四月に南米銀行がイタリア系銀行スダメリスに吸収合併されることが発表され、日系社会に大きな衝撃が走った。六月中には買収の契約が成立する予定である。六〇年近い歴史を持つ南米銀行は、ブラジル経済における日系人社会の重要性を示すシンボル的存在であっただけに、その幕引きには惜しむ声が多い。近年のブラジル経済の急激な変化に日系社会が翻弄された端的な出来事であった。
レアル計画以後の銀行部門のリストラ
ブラジルでは、九四年のレアル計画によって、それまで年間数千%に達していたインフレが沈静化し、銀行業界は急激なリストラを迫られることとなった。高インフレ下においては、銀行部門は国債への資金運用(オーバー・ナイト)によって「フロート利益」と呼ばれる高い利益を享受していた。しかし、インフレの沈静化とともに、フロート利益が消滅し、金融機関の収益率は著しく悪化してしまった。
こうした収益構造の変化に対して、多くの金融機関が本来の貸付け業務による収益を追求することとなったが、長年にわたるインフレによって、審査能力、リスク管理、経営能力が低下していたため、貸出し競争は銀行部門に多額の不良債権を累積させることとなり、ブラジルの金融システムは急激に不安定化した。
このため、ブラジルでは九五年から、金融システムの健全化と仲介機能の改善を目して積極的な金融システムの再編成が進められている。銀行部門のリストラの基本的政策は、金融機関の整理・統合の促進、公的資金に基づく金融部門のリストラ促進プログラム(PROER)の導入、中央銀行の規制・監督などの機能強化、公的金融機関の民営化、外国銀行の参入促進、などである。
銀行部門のリストラによって、九四年七月に存在した商業銀行・総合銀行・貯蓄銀行の二四七行は、九七年末には二二二行にまで減少している。多くはPROERの資金を用いた買収や、中央銀行による介入・清算によって淘汰されたものであるが、このなかには、一〇大銀行に含まれていた、ナショナル銀行、エコノミコ銀行、バメリンドス銀行が買収されたケースが含まれている。PROERによって既に二一〇億レアルが投入されたといわれている。また、民間銀行より健全性に問題がある州立銀行に対してはPROESと呼ばれる再編プログラムがあり、業界第二位のサンパウロ州立銀行などのリストラに五〇〇億レアルを投入することが予定されている。
さらに、公的資金を用いない銀行部門の再編成が、今年に入って加速している。外国銀行による業績悪化銀行の吸収・合併として、リベラル銀行、バンデイランテス銀行、エクセル・エコノミコ銀行など、また国内資本の買収として、クレジット・レアル銀行、ガランチア銀行など、枚挙の暇が無い。こうした銀行の再編成について、政府は、九七年末に二五〇行近く存在していた銀行が最終的には一〇〇行程度にまで淘汰されると予測している。中堅銀行で健闘していた南米銀行も不良債権を抱え、買収劇から逃れられなかったといえる。
今後の課題
こうした金融システムのリストラは、たんにレアル計画以後の金融システムの不安定性の解消のみならず、低インフレ下での新たな金融システムの再構築の必要性や、大量の資金流入に依存する金融市場のグローバル化などに対処するために不可欠のものであった。実際、昨年のアジアの通貨危機発生以前にかなりのリストラが進展していたことが、国際資金による通貨アタックからレアルを防衛した重要な要素であった。
しかし、現時点までに金融システムのリストラにかなりの成果をあげていることは評価されるが、ブラジルの金融システムは依然として脆弱な側面を有していることを否めない。今後のブラジルの金融システムは、@マクロ安定化の継続と、A金融システムの健全化・効率化をいかに進展するかに依存している。
為替レートの維持に基づくマクロ安定性は、メキシコ、アルゼンチンに比して弱体であり、過大評価レートの改善が必須である。また、金融システム改革も相対的に立ち後れた状況であり、銀行部門の経営効率の改善、当局の監督機能・情報開示システムの強化が不可欠である。最後に、昨年一一月のアジアの通貨危機に際し、レアル防衛のために金利を引き上げために企業・個人の債務状況が悪化しており、銀行の資産プロファイルが悪化していることに注意しておく必要がある。