ラテンアメリカ版APECへの道
西島章次(神戸大学経済経営研究所教授)
先日のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)大阪会議は、どうにか日本の議長国としての面目を保って閉会した。昨年のボゴール会議で、先進国は二〇一〇年までに、途上国は二〇二〇年までに貿易と投資の自由化を実現するという目標が採択されたが、今年の大阪会議ではその具体化に向けて動き始めたといえる。もちろん、大阪会議では「例外なき自由化」が決議されたものの、「自由化への柔軟な取扱い」が認められたため、今後の自由化プロセスについて様々な紆余曲折が予想される。しかし、APECが環太平洋地域で重要な役割を果たしていくことは疑うべくもない。
FTAA(米州自由貿易圏)
ところで、アメリカ大陸にも、北はアラスカから南はティエラ・デル・フエゴ(南アメリカの最南端)までを網羅する地域的枠組みの試みがあることはあまり知られていない。一九九四年一二月にマイアミで開催された「米州サミット」にキューバを除く三四カ国が出席し、FTAA(米州自由貿易圏)を創設することが決議され、そのための交渉を二〇〇五年までに終了することが合意されている。
現在の南北アメリカには、北米自由貿易協定(NAFTA)、南米南部共同市場(MERCOSUR)などを初めとし、既に数多くの地域統合が存在している。また、多数の二国間での自由貿易協定を考慮すれば、何らかの地域統合と関わりを持たない国は存在しない程である。したがって、FTAAが実現すれば、以上の様々な地域統合を抱摂する巨大な地域統合が出現することとなる。
いうまでもなく、FTAA構想がいかなる形で実現されるのか、ラテンアメリカ諸国にどのような影響を与えるかなど、不確実な要素が多い。このため、FTAAについては経済的・政治的にどれほどの妥当性と可能性を持っているのか、今後の慎重な判断を必要とする。しかし、構想段階とは言え、設立への交渉期限の設定や政府間協議など、既に実現に向けての具体的動きが始まっていることも事実である。では、どのようなFTAA形成プロセスが考えられるであろうか。
FTAAへのプロセス
まず、NAFTAに個々の国々が順次参加していくプロセスが容易に想像される。マイアミ・サミットでは、チリの加盟に関して交渉を開始することが合意されている。しかし、ラテンアメリカの諸国にとればこのアプローチはリスクを持っている。NAFTAに参加資格のある国は様々な条件を満たす、ごく少数の国のみであり、その他の国々は長期間域外に据え置かれる可能性がある。したがって、このアプローチはラテンアメリカを「準先進国」と「その他」に分断することを意味し、現実的ではない。
また、一国づつのNAFTAへの参加は、その交渉過程において、とくに対米国との関係において弱い立場に置かれる危険性を否めない。NAFTAへの参加の交渉過程を通じて米国がより有利な立場に立てば、様々な対立をラテンアメリカ諸国に生み出す。同時にFTAAに参加する動機を失うことにもなる。このようなケースでは、南アメリカにおけるサブ・リージョナルな統合体がNAFTAに対抗する手段として機能することとなり、南北アメリカの協調関係を損なうかもしれない。
FTAAへのいま一つのプロセスは、NAFTA、MERCOSURなどサブ・リージョナルな統合体同志が合体していく方法である。サブ・リージョナルな地域統合の段階でかなりの程度の自由化が可能であること、またサブ・リージョナルな統合体であれば一国の場合と比べて高い交渉力を持ち得るからである。しかし、このようなアプローチであっても、FTAAのプロセスは必ずしも保証されない。それぞれのサブ・リージョナルな統合体の発展度や目的が異なるため、例えば原産地規制や関税などに関して共通ルールを設定することが難しいからである。
ラテンアメリカには多様な国家・地域があり、それぞれの利害の調整が極めて困難であることから、FTAAは難航することが予想される。しかし、FTAAが緩やかな地域的枠組みを目指すのであれば、利害が対立する要素は少なくなる。この意味でFTAAは、ラテンアメリカ版のAPECとなる可能性が高い。この場合、FTAAは、制度的な枠組みとなる場合と比べて、域外に対してよりオープンとなるであろう。いずれにせよ、FTAAがどのように進展するかは、APECとの関わりや、域外への影響の点で、わが国にとっては無視できない問題であり、注目しておかなければならない。