授業概要

 経済発展の問題を真に理解するためには、いくつかのステップが必要となる。基礎的経済学、開発経済学などの一般理論に続き、特定の地域・国を対象として現実の経済の特質を理解することが必要である。そこでは世界経済のなかでの位置づけが必要であるし、さらにはマクロ経済のみならず、一国内の特定の地方や産業など、また企業、農民・地主などの人々のミクロ的行動パターンにまで遡ることが必要であろう。また、たんに「市場」か「政府」かといった択一論的な議論ではなく、両者の最適な組み合せの議論が必要であるし、同時に市場と政府の役割を補完する「制度」についての議論も必要である。この講義は、特定地域の経済論に位置し、とくに現代のラテンアメリカ地域の経済発展にまつわる諸問題を、マクロ的観点に基づき議論する。ただし、地域経済論は本来極めて現実的な実証的な研究領域に属するが、できるだけ理論的アプローチの重要性にについても議論する予定である。
 現代のラテンアメリカ経済の一つの特徴は、一部の地域や階層のめざましい繁栄と同時に、大多数の人々が農村や都市のスラムで著しい貧困にあり、激しい所得分配の不平等が見られることである。ラテンアメリカの多くの諸国で、戦後期から政府主導型の経済開発が推し進められてきたが、むしろ地域間、階層間での格差を拡大するものであった。さらに、1980年代には累積債務問題から経済は破綻し、「失われた10年」を経験し、アジア諸国がこの10年間に著しい経済成長を遂げたのとは対照的に、ラテンアメリカ経済はむしろ後退してしまったといえる。貧困問題はいっそう深刻化し、またマクロ的にもハイパーインフレの出現によって経済は混乱し、著しい政治的・社会的不安定化に直面することとなった。しかし、90年代に入ると多くの諸国でネオリベラリズムに基づく政策改革が開始され、貿易自由化、民営化、規制緩和を急激に実施している。同時に、グローバル経済化の流れのなかで、エマージング・マーケットとしてラテンアメリカ経済は再生にむけて歩み始めている。しかし、市場至上主義への急激な転換は、他方で失業や貧困問題の深刻化をもたらし、対外的には過度の海外資金への依存を高め、通貨危機に遭遇するなどの問題を内包している。したがって、現代のラテンアメリカ経済は、市場メカニズムに立脚する政策改革を継続するとともに、その負の側面を解消するための「第2世代」とも呼べる政策改革が求められており、市場を補完する政府と制度の役割が模索されている。本講義の目的はかかるラテンアメリカ経済の諸問題を理解することにある。

ラテンアメリカ経済の基本的理解(1)
ラテンアメリカ経済の基本的理解(2)
対外債務問題
ブラジル経済の基本的理解
 



授業形式
 通常の授業形式をとるが、なるべく討論の時間を持ちたい。担当教官がまず各授業時間の課題を説明した後、討論を行う。また、場合によっては特定の論文を受講者に割り当て、報告を依頼することがある。また、講義は以下のシェーマ図で示されるように全体としてストーリーがあり、ステップを踏んで展開されるので、遅刻、欠席がないことが前提となる。

評価方法
 学期末に5000字程度のレポートが課せられる。レポートの課題は、講義で興味を持ったテーマに関して、@講義内容を紹介し、Aそれを批判的に展開すること、である。したがって、講義中に紹介される文献に加え、最良の参考文献は受講生自身の講義ノートであり、また講義中に討論される内容となる。


参考文献
西島章次・小池洋一編著 『現代ラテンアメリカ経済論』 ミネルヴァ書房、2011年4月

講義構成 (講義のシェーマ図)

講義予定
(1)経済発展の基礎理論:
   マルサスの罠理論、人口転換モデル、二重経済理論
(2)ラテンアメリカの工業化問題:
   輸入代替的工業化、輸出志向的工業化の経験
(3)ラテンアメリカの農業問題:
   農業部門の特質、農業部門の近代化と農民層の下方分解
(4)ラテンアメリカの貧困問題:
   所得分配問題、土地所有構造
(5) ラテンアメリカの環境問題:
   アマゾン開発の経済学的意味
(6) マクロ経済問題:
   対外債務問題、インフレーション、通貨危機
(7) ネオリベラリズム:
   経済改革の進展、地域経済統合
(8) 政府・市場・制度の補完的役割

課題文献:(番号は上記講義内容と対応)

(1) 渡辺利夫『開発経済学−経済学と現代アジア−』日本評論社 1986 第T、U、V章

(2) (3) (4)
  西島章次・細野昭雄編『ラテンアメリカ経済論』ミネルヴァ書房 2004
  小池洋一・西島章次編『ラテンアメリカ−経済』新評論 1993 
  Cardoso, E. and A.Helwege, Latin American's Economy, MIT Press 1992, Ch.10

(5) 西沢/小池「アマゾン−生態と開発−」岩波新書(赤版)1992
(6) 西島章次「マクロ安定化」アジア経済研究所『テキストブック開発経済学』有斐閣1997 (文献) 
  西島章次「通貨危機と銀行システムの健全性」『経済経営研究年報』2000 (文献)
  西島章次「アルゼンチンのカレンシー・ボード制の挫折と通貨危機」(文献)
       三尾寿幸編『金融政策レジームと通貨危機』アジア経済研究所双書 2003年 。
  西島章次「ラテンアメリカ諸国の通貨危機−メキシコ、ブラジル、アルゼンチンの経験−」(文献)
        西島章次・細野昭雄編『ラテンアメリカ経済論』ミネルヴァ書房 2004年4月

(7)「ネオリベラリズムネの成果と課題」渡辺編『アジアの経済的達成』東洋経済新報社2001.3 (文献)
  
  西島章次・細野昭雄編著『ラテンアメリカの政策改革の研究』神戸大学経済経営研究所双書No.62、2003年
    http://www.rieb.kobe-u.ac.jp/~nisijima/EconomicReformIndex.html
  西島「ラテンアメリカにおける第2世代の政策改革」『国民経済雑誌』1999.4*(文献)
  西島「NAFTAとメキシコ経済」浜口編『ラテンアメリカの国際化と地域統合』アジ研1998.11(文献) (文献) 
  Nishijima and Hosono, "Modes of Economic Integration between Asia and Latin (文献)
    America," in P. H. Smith et al., Asia and Latin America: In Search of a New
    World Order, Rowman & Littlefield, 2002 

(8)小池・西島編『市場と政府−ラテンアメリカの開発の新たな枠組み』アジア経済研究所 1997
  西島「ラテンアメリカにおける政府と制度の市場補完的役割」『海外投資研究所報』1998.(文献) (資料) (資料2)
  西島「産業発展と金融システム」小池・堀坂編『ラテンアメリカ新産業システム論』アジ研 1999 (文献)


基本参考文献

西島章次・小池洋一編著 『現代ラテンアメリカ経済論』 ミネルヴァ書房、2011年4月

西島章次・細野昭雄編著『ラテンアメリカ経済論』ミネルヴァ書房 2004年4月

西島章次・細野昭雄編著『ラテンアメリカの政策改革の研究』神戸大学経済経営研究所双書No.62、2003年
    http://www.rieb.kobe-u.ac.jp/~nisijima/EconomicReformIndex.html

西島章次・Edoarudo Tonooka『90年代ブラジルのマクロ経済の研究」神戸大学経済経営研究所研究双書 No.57 2002年
小池洋一・西島章次編 『市場と政府−ラテンアメリカの開発の新たな枠組み』 アジア経済研究所 1997
スミス・西島編 『環太平洋圏と日本の役割−オープン・リージョナリズムへの道』 新評論 1995
西島章次 『現代ラテンアメリカ経済論』 有斐閣 1993
小池洋一・西島章次編 『ラテンアメリカ−経済』 新評論 1993
Cardoso, E. and A.Helwege, Latin American's Economy, MIT Press 1992

Baer, W. , The Brazilian Economy,: Growth and Development, New York, Praeger, 1995.
渡辺利夫 『開発経済学−経済学と現代アジア−』 日本評論社 1986
East Asia and Latin America: The Unlikely Alliance, edited P. Smith, K. Horisaka and S. Nishijma
   Rowman & Littlefield, Publisher, 2003.2
Cooperation or Rivalry? Regional Integration in the Americas and the Pacific Rim
   edited by S. Nishijima and P. Smith, Boulder, Westview Press, 1996.8