錯綜するNAFTAの評価

神戸大学経済経営研究所教授 西島章次

今年の一月一日で、NAFTA(北米自由貿易協定)発足後まる四年が経過した。この間、NAFTAは米国とメキシコにどのような効果をもたらしたのであろうか。

IMFの貿易統計によると、九三年から九六年にかけて米国のメキシコとの輸出・輸入は六二%の増加であったが、対世界の貿易は三五%の増加に過ぎなかった。この間、メキシコの輸入に占める米国のシェアは六九%から七六%に上昇し、米国の輸入に占めるメキシコのシェアも六・九%から九・三%に上昇している。

また、米国からメキシコへの直接投資は、九三年には二三億ドルのレベルであったが、九四年には三七億ドルに達した。九五年以降はペソ危機により九四年のレベルを下回っているが、九六年、九七年と確実に回復してきており、米国企業の企業進出は旺盛である。

こうした貿易と投資の傾向から判断すれば、NAFTAが両国に一定の効果を与えたことは否定できないといえる。昨年七月にクリントン政権は、NAFTAの評価報告書を議会に提出しているが、そこでは当然ながら好意的な評価がなされている。しかし、NAFTAの評価は様々である。

NAFTA効果識別の困難性

NAFTAの効果に関して様々な議論がなされているが、多くの場合、厳密な分析に基づくものではなく、政治的ステートメントとしての色彩が強い。例えば、クリントン政権の報告書がNAFTAによっておよそ米国内で九万から一六万人の雇用が創出されたとしているのに対し、米国の労働組合は四〇万人の雇用が失われたとしている。

貿易・投資や雇用の実績は、現実には様々な要因の結果であり、NAFTAの効果を識別することは困難である。

メキシコでは九四年末にペソ危機が生じたが、経済に深刻な影響を与えた。九五年には実質経済成長率はマイナス六・二%となり、インフレ率は五二%を記録している。このため実質賃金は九五年、九六年と一〇%以上の低下を示し、深刻なリセッションはメキシコの輸入を縮少させた。逆に、ペソ危機によって五〇%以上も急落した為替レートは、メキシコの貿易に大きな影響を与えたが、そのレベルは関税の引下げ率をはるかに凌駕するものであった。

他方、米国経済は長期的な好景気にあり、極めて強い輸入需要がメキシコからの輸出に貢献しているはずである。この他、メキシコでは八五年以降、貿易・金融自由化、規制緩和、民営化を進めており、こうした経済自由化自体がメキシコの貿易や直接投資に与えた影響も重要である。

 しかし、同時に、NAFTAによって関税引下げや非関税障壁の除去が実現したことも事実であり、とくに個別のセクターでは明らかな効果あったと考えるべきである。例えば、両国間で関税引下げ率が大きかった産業では貿易の伸長が著しい。米国の対メキシコ輸出では、九三年から九六年に、自動車一一%、化学五〇%、コンピュータ五八%、繊維・アパレル七九%、電子部品一五七%などの増加を記録している。逆にメキシコの対米輸出では、自動車・部品の一〇六%、電子部品の一六二%などが顕著である。

筆者は、関税率の引き下げ率と輸入の増加率の関係を統計的に分析した結果、メキシコの輸入において有意な関係を見出している。また、自動車・部品産業と繊維産業ではNAFTAが企業内貿易・産業内貿易を拡大した可能性を見出している。したがって、こうした分析が正しいとするならば、NAFTAは域外に差別的な効果を持ち、メキシコへの米国からの輸入の拡大に貢献した可能性を否定できない。ただし、量的な効果は不明であり、クリントン政権の報告書が主張するような全面的にNAFTAが両国に貢献したとはいえない。

NAFTAの今後

もちろん、別の意味で、メキシコはNAFTAの恩恵を得ている。ペソ危機の際に米国が四〇〇億ドルを超える緊急融資を行なったことや、NAFTAの縛りによって経済改革を持続させたこと、切り下げ後の米国への輸出の急増に対して米国に管理貿易手段をとらせなかったことなどである。

しかし、単に経済的な効果のみならず、社会的な影響、例えばメキシコの貧困や所得分配への影響を考慮すると、話は複雑であり、今後の社会的な影響いかんによっては。NAFTAの進展を阻む要因として重要となってくる。

また、米国内でのNAFTAへの支持が低下していることも見逃せない。メキシコの通貨危機は米国内のNAFTA支持を大きく後退させた。昨年一二月の先住民の虐殺事件はチアパス問題が何ら解決していないことを改めて認識させるものであった。こうした状況下では、クリントン政権がファスト・トラック権を取得することは困難であると予想されており、NAFTAを中核とする米国の今後のラテンアメリカ地域における地域主義の進展に大きな制約となる可能性を秘めている。