チリー高成長の陰に広がる所得分配格差

近年のチリ経済の躍進は目覚しい。一九九一年から九五年までの平均成長率は七・四%と高成長を持続している。特に九五年は、メキシコがマイナス六・九%、アルゼンチンがマイナス四・四%と、メキシコの金融危機の影響を受けたのに対し、チリは八・三%と際立って高い成長率を記録している。九〇年代に入り、多くのラテンアメリカ諸国が経済改革に取り組んでいるが、いち早く七〇年代より自由化政策を実施してきたチリは、良好な経済パフォーマンスを実現しており、今や「アジアの虎」ならぬ「南米の豹」と表現しても決して大袈裟ではない。

チリの高成長の原動力の一つは、その高い輸出成長にある。一九九〇年から九五年まで一四・七%という高い成長率(平均)で輸出拡大を持続し、特に九四年は二四・五%、九五年は三八・三%と驚異的である。このような輸出量の拡大とともに、輸出相手地域の多様化が進み、従来の北米・ヨーロッパ市場依存から、アジア、ラテンアメリカ地域への輸出が急激に拡大している。今や、日本を含むアジア向け輸出が北米・ラテンアメリカへの輸出を上回っている。また、日本はチリにとって最大の輸出相手国であり、対日輸出は九四年の二一億ドルから九五年の三一億ドルへと急増している。

しかし、チリにとれば一層の輸出拡大を保証する手だてが欲しいところである。この意味で、チリは自らの貿易自由化を推進するとともに、自由貿易協定などの地域統合の枠組みに参加することに極めて積極的である。一九九四年に実現したAPEC(アジア太平洋経済協力会議)加盟はアジア市場への足がかりを築く上で重要であった。また、NAFTA(北米自由貿易協定)への参加は、北米市場へのアクセスを確保するために不可欠であり、既に九四年末の米州マイアミ・サミットでチリのNAFTA加盟交渉を開始することが合意されている。しかし、チリのNAFTA加盟交渉は、米国議会でファスト・トラックでの審議の権限付与が拒否されたこと、本年が米国大統領選挙の年であること、メキシコの経済不安定化などの理由で、かなり遅れているのが現状で、交渉合意は来年にずれ込むと予想されている。

このため、最近のチリはNAFTA加盟の交渉と同時に、近隣のラテンアメリカ諸国であるアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイで構成されるMERCOSUR(南米南部共同市場)への加盟交渉を続けてきた。しかし、チリの加盟には以下のような様々な問題があった。チリは既に一律十一%の関税率を実現しているのに対し、MERCOSURは現在の域外共通関税が〇から二五%の範囲にあり、これを漸進的に引き下げることになっているからである。チリにとれば、即時にこれらの域外関税を引下げが実現しなければ関税同盟に加盟するメリットはない。また、MERCOSURは域内関税引下げの対象としない例外品目が三三〇(今年六月にブラジルはさらに一五〇品目を追加している)あり、関税引下げのペースが遅い「センシティブ品目」が三一〇も存在すること、また六〇%のローカル・コンテンツを要求するMERCOSURの原産地規制の存在も、チリの加盟交渉を困難とする要因であった。

しかし、今年六月二五日には準加盟国(いわゆる「4プラス1」)としてMERCOSURと自由貿易協定(正式にはチリ・MERCOSUR経済補完協定)を結ぶことで合意に成功している。合意内容は、貿易品目の八七%について約四〇%の関税引き下げから始まり八年間で関税を撤廃すること、残りの一三%の品目(肉、砂糖、食用油など)については一〇年から一五年をかけて無税とすること、チリ内部から強い抵抗のあった小麦に関しては一八年をかけて関税を撤廃すること、チリ産の缶詰、衣料、印刷物、ソフトウエアーについては原産地規制の例外とすること、などである。不完全な形での加盟であるとはいえ、チリのMERCOSURへの加盟は、これら諸国とのチリの貿易取引の拡大に十分に貢献することは疑いようがない。現在チリの輸出の一〇%強がMEROCOSUR諸国との取り引きである。

チリは、さらにEU(欧州連合)との経済協力枠組協定を今年六月に調印しており、途上国としては極めて自由化された経済でグローバリズムを追求すると同時に、特定の地域統合の枠組みに固執するのではなく、全方位的に様々な地域統合への加盟を展開しているのは、今後の途上国の一つのモデル・ケースとなるであろう。しかし、チリにも泣き所があることは否めない。輸出の五〇%強が依然として、銅などの鉱産物や農産品を主体とする一次産品で占められていることである。これらの一次産品は価格変動が激しく輸出収入を不安定化させることから、いっそうの輸出品目の多様化が必要である。いま一つの問題は、長年の自由化政策の追及の結果、貧困問題や所得分配問題が悪化し、深刻な社会問題となっていることである。世界銀行のデータによる、上位二〇%の富裕層が国民所得の六一%を占め、所得分配は著しく不平等である。また、国民の二八%が貧困状態にあるとされ、今後は社会的公正をともなった経済成長を実現することがチリの大きな課題となっている。これらの問題に対処するためにも、いかに輸出の拡大と多様化を持続していくかが、チリにとっての最大の課題である。