産学連携による実践型人材育成事業−サービス・イノベーション人材育成−

取組背景

サービス・イノベーションの取組の背景

 サービスという今までに、あまり取り上げられなかった分野で、大きなプロジェクトが開始された経緯について触れておきます。まず、こうした取り組みの原点となったのは、アメリカ政府の戦略的取り組みでしょう。
アメリカでは、レーガン大統領の時代、当時のヒューレット・パッカード社の社長であったJ.A.ヤング氏を委員長とする「産業競争力についての大統領委員会(President’s Commission on Industrial Competitiveness)」(競争力評議会)が設立されました。同委員会は、1985年に「ヤングレポート」と呼ばれる「世界競争-新しい現実(Global Competition - The New Reality)」を提出しました。 「ヤングレポート」では国際競争力として、1. 輸出力の力としての貿易競争力、2. 国内経済に限定した生活水準での競争力、3. 企業の世界的広がりを視野においたグローバル競争力、の3つを定義しています。ここで競争力について、「一国が国際市場の試練に供する財とサービスをどの程度生産でき、同時にその国民の実質収入を維持または増大できるか」と定義し、特に生活水準での競争力が重要と定義しています。このヤングレポートの流れが受け継がれた2004年12月、競争力評議会により、「イノベート・アメリカ(Innovate America)」というレポートがまとめられました。このレポートの冒頭に掲げられたのは、イノベーションこそが、21世紀のアメリカの成功を決定付ける重要な要因であるという一文です。このレポートは競争力評議会の中心メンバーであった、IBMのCEOの名前を取って、パルサミーノ・レポートとよばれています。このレポートでは、イノベーションを、「利用者と生産者によるイノベーション」、「知的財産の所有と公的な側面」、「製造とサービス」、「確率された分野と複数分野の研究プログラム」、「公的部門と民間部門のイノベーション」、「小企業と大企業」、「安全保障と科学の開放」、「ナショナリズムとグローバリズム」という8つの形態に分類しています。さらにレポートでは、こうしたイノベーションの実現のための政策の重要課題として、「人材」、「投資」、「インフラ整備」が上がっています。
こうしたアメリカの数々のレポートや、それを受けたアメリカの国家戦略に日本政府も触発され、2006年には「経済成長戦略大綱」が提出されています。この中にはサービス分野における生産性向上の課題が大きくクローズアップされているのです。その内容を要約しますと、日本の製造業の生産性の高さは国際競争力を持つが、日本のサービス業の競争力は著しく低いというものであり、サービス業の生産性向上により、製造業と並ぶ双発のエンジンにするべきというものです。日本の労働人口の約7割が従事するサービス産業の生産性の低さが指摘されており、そのために製造業とともに生産性が向上すれば日本の競争力が向上するという趣旨なのです。

 また翌年の2007年には「骨太の方針2007」が出され、さらに具体的な目標が示されました。たとえば、サービス産業に関連する項目としては、その後5年間で労働生産性を50%アップすること、サービス工学研究所の設立、サービス・イノベーション促進プラットフォームなどです。こうしたレポートの内容を受けて具体的な政策を打ち出したのが、2007年5月に社会生産性本部により設立されたサービス産業生産性協議会です。こうした背景で、文部科学省でも、2007年度より、「サービス・イノベーション人材育成推進プログラム」を企画し産学協同での参加が呼びかけたのです。

日本のサービス産業の生産性

 日本のサービス業の実態は、どのようになっているのでしょうか。先進国と見なされる欧米諸国のサービス業の割合は高い。日本を見てみると、GDPは世界のトップクラスでありながらサービス業の割合は低い。こうした実態から将来に向けた戦略をどのように考えるのかが重要な課題となります。日本の得意分野であるものづくりに関連する産業の更なる生産性の向上を目指すべきなのか、あるいは、サービス業の生産性を向上させることによりGDPの伸展をめざすのかという議論です。こうした議論をさらに理解するために図2(経済産業省統計資料2007)を見てみよう。まず、製造業は、データが掲載されている1999年以降、年度ごとのばらつきはあるものの、総じて右肩上がりに生産性の向上が確認されます。また、統計の取られた近畿、関東、中部といった地域間での傾向の差やばらつきも大きくありません。非製造業は、製造業に比べて総じて生産性は低くなっています。また、生産性の伸び率も大きくは無く低水準に推移しています。サービス産業分野は、極めてすそ野が広く、地域間格差がある産業なのです。問題は、非製造業の利益率が製造業よりも格段に低い点です。サービス産業が地域セクターの経済に与える影響、および、産業政策との関連性を分析し、サービス業の利益率が低い要因を特定し、そのための方策を提案することの重要性は、こうした統計データからも理解できるでしょう。

製造業と非製造業の営業利益率の推移
製造業と非製造業の営業利益率の推移 - 図

サービス・イノベーション人材育成の必要性

 日本の成長のエンジンとなってきた製造業に関しては、近年では、MOT (Management of Technology) と呼ばれる技術経営への関心が高まり、専門職大学院の設立、MBAでのカリキュラムの導入が進み、また、多くの企業でも社員教育として全社で取り組む企業も増えています。神戸大学においても、経済産業省、NEDOといった科学技術部門が推進してきたMOTによる人材育成プログラムの開発のプロジェクトに数多く参画し、現在でもその成果として、MBAにおける技術経営の講義として定着しています。一方、サービス産業では、こうした産官学による人材育成事業は、あまり取り組まれてきませんでした。その理由の一つは、イノベーションという産業発展のためにもっとも重要な要素への取り組みの違いだと思われます。多くのイノベーション研究は、主に技術・製品開発段階において、どのようにマネジメントされるべきなのか、そのための組織構造がどのように設計されるのか、そのインパクトの大きさはどのように測定されるのだろうかという新たな価値創造と価値獲得のためのマネジメントの課題としても多くの研究者によって、取り組まれてきた経緯があります。

 一方、サービス産業ではどうでしょうか。サービスは人的な要素が強く、日常的に体験できる汎用的です。しかしながら、製造業におけるモノに対して、サービス業でのサービスは、在庫をすることできないことを意味する無形性、お客と対面するほんの一瞬しか満足を与える機会がないという即時性、時間や場所によって内容を変えなければならない異質性などといった、サービス特有の性質が存在し、従来のMOT教育では捉えきれない側面を持っています。製造業では、イノベーションは技術・製品開発といった手に触れることのできるモノに対して考えることができますが、サービスは人的な要素が強いため、そのイノベーションの矛先は製造業とは異なります。かといって、サービス業では、ある意味、製造業以上にイノベーションが重要となるのです。サービスのイノベーションは、技術・製品開発だけではなく、原材料から加工されて製品に仕上げられて、流通を経て店頭に並び、それが消費者の手に渡り消費されるまでの長いバリューチェーン全体がイノベーションの対象となるためです。言い方を換えると、サプライ・チェーンとディマンド・チェーン全体をいかに設計するかという極めて広く、長い範囲がその対象となるのです。