タイトル
資本資産価格評価モデル(CAPM)をめぐる論争について ─伝統的ファイナンス理論と行動経済学による心理ファイナンス─

要旨

 伝統的ファイナンス理論は現在、かつてないほどの試練に直面している。それはDeBondt-Thaler(1985, 1987)を嚆矢とする、認知心理学に依拠した行動経済学派との、いわゆる「アノーマリー(異常)現象」の説明原理をめぐる論争で、伝統的ファイナンス理論が必ずしも優勢とみて取れないからである。本稿は、初期から現在に至るまでの、CAPM論争をサーベイした。
 伝統的ファイナンス理論の中心的理論の一つには、資本資産価格評価モデル(Capital Asset Pricing Model,以下CAPM)がある。モデルの根底には、投資家の合理性を仮定として置いている。投資家が合理的であるならば、有用な情報は全て利用され、資産価格に反映されているはずであり、Fama(1970)の効率的市場仮説へと発展する。
 開発当初から、CAPMの検証結果は、必ずしも芳しいものではなかった。それはマーケットポートフォリオが、現実には観測不可能であることに由来する。このことはRoll(1977)、Ross(1977)の批判として現れ、CAPMに代わる理論としての、裁定価格理論(ArbitragePricing Theory、以下APT)として結実した。
 この論争の最中、Basu(1977)、Banz(1981)らは、理論的には説明の付かない「アノーマリー(異常)現象」を発見した。CAPMは、期待超過収益はベータ・リスクと、マーケットポートフォリオ収益率と安全資産収益率の差である超過収益率によるリスクプレミアムによって決定されることを説く。Basu, Banzは、そのリスクプレミアム以外の要素が期待超過収益を左右する可能性を指摘し、それをアノーマリーと呼んだ。
 しかしこれらの論争は、CAPMやAPTの枠組みで説明され、伝統的ファイナンス理論を否定する内容ではなかった。
 ところが伝統的ファイナンス理論に否定的な論文が、効率的市場仮説の大立者と目されたE.Famaにより発表された(Fama-French(1992))ことで、CAPMの存立を危うくした。その論文は、新たなCAPMモデルへの布石として発表されたと考えられるが、その変化を余儀なくされたのは、CAPMに代わる説明原理が登場してきたからと想像される。その萌芽はDeBondt-Thaler(1985, 1987)に見られる。
 DeBondt-Thaler(1985, 1987)は、投資家を非合理的であると考え、その根拠を認知心理学に求める行動経済学派である。問題はこれらの経済行動理論にもとづいたモデルが、アノーマリーを説明する一方、伝統的ファイナンス理論では必ずしも説明しきれていないことにある。そのため伝統的ファイナンス理論は、これまでで最大の窮地に立たされているのである。
 本稿では、上記のような伝統的ファイナンス理論と行動経済学によるファイナンス理論との接点という、比較的狭い関心のもとで論述する。また本稿は、CAPM論争の中でポイントとなる論文のサーベイを目的としており、派生する議論については扱わない。


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