RIEB Discussion Paper Series No.2012-J01

タイトル

証券市場と商品市場の共進化

要旨

本稿では、近江国蒲生郡鏡村(現・滋賀県蒲生郡竜王町)に居住していた富農、玉尾藤左 衛門家の経営に関する史料から、近世社会における農村と市場との関係を考察するもので ある。市場で形成された価格に基づいて経済主体が意思決定を行う経済を市場経済と定義 するならば、我が国において、それが本格的に展開したのは近世期のことであった。市場 経済の広がりとは、一面では市場取引に伴うリスクを引き受ける必要性を生じせしめる。 肥料購入や余剰生産物の販売を通じて市場と接触する機会が多かった近世期農村は、いか にしてそうしたリスクに対応したのであろうか。その答えを、本稿は富農の持つリスク負 担機能に見出す。鏡村において、再生産が危機に陥った小農は、玉尾家の傘に入ることで、 その経営を維持していた。ここで玉尾家が提供した傘とは、具体的には肥料売掛債権の凍 結、小作料の定額現物納付、そして裁量的な小作料減免措置などであった。一方、自律的 な経営を営むことのできる小農は玉尾家を介して市場に直面していた。リスクを引き受け ることのできる者に対しては、市場との仲介を通じて手数料を取り、それができない者に は、リスクを引き受ける対価として小作料を取る。これが玉尾家の経営の基本的性格であ ったのであり、近世社会における市場と農村との結ぶ仲介者、そしてリスクの緩衝材とし て機能していたのである。

連絡先

〒657-8501
神戸市灘区六甲台町2-1
神戸大学経済経営研究所
髙槻 泰郎
TEL: 078-803-7036 FAX: 078-803-7059